狐の嫁入り
お嫁入り、なんて言葉は最近聞くことが少なくなった。世の中が開けて、進んだせいで結婚式と言い、会場での式や披露宴だけの華やかさに変わってしまった。
ひと昔前の娘たちのお嫁入りは大変だった。嫁入りする娘の家が裕福であったら、嫁入り持参の調度品、タンスや長持ち、鏡台それに晴れ着や帯などを飾りたてて、親戚や近所の人々に見せびらかし、さてお嫁入りの当日は親戚やその他大勢の人達を集めて大祝宴で嫁入りの門出を祝い、日暮れと共に花嫁に付き添うて行く身内や親戚の人々みんな、手に手に提燈をさげて振り回しながら、「花嫁じゃー、花嫁じゃー」と大声で叫びながら、花嫁の足取りに合わしてゆっくりゆっくりと、宵闇の中を嫁入りの提燈行列がつづく。
なんとも言えない、和やかでほほえましい風情のお嫁入りの提燈行列である。
さて、寺家の在所は、吉野川の北岸で田畑の上の丘に開けた、日当たりの良い部落である。
対岸は浅い植林の山並みが吉野川に迫り、山裾を県道が東西に走り、人家は少し東の本山町の五区から五百メートル程西の土佐町の丘在所までの間は一軒も無く、夜は寂しい道である。
梅雨の長雨が中休みの宵、寺家の在所の子供のさわは、夕食がすむと雨上がりの庭に出て大きく背伸びして、川向こうの南岸を見ると、薄暗い山並みは吉野川の靄が薄く濃く、雲のごとく立ち込めて昇り、黒ずんだ山並みが白く黒く見え隠れする、自然の美しさに見とれていた。
すると、山の中腹の川下からあわい火が点々と灯り、川上に向かってちらちらと何とも言えない光りで点在して、ついたり消えたりしながら連なって、まるで提燈行列のように奇麗なこと。
さわは見とれていたが、とっさに声が出た。
「ととやん、早よう来て来て」父親があわてて庭に出た。さわは向かいの山に指をさし、
「あの提燈の火は奇麗なが、どうしたが」と聞いた。 父親は「どこに、どこに」と言いながら、
「奇麗な提燈行列か、そうかそうか、そりゃ狐の嫁入りじゃ」
「狐も提燈つけて、お嫁さんに行くが?」
「そうよ、狐は嫁さん貰うがが嬉しゅうて、よだれをぽちぽちと落としながら前を走るき、その落したよだれが提燈の火になって、提燈行列に見えるがじゃ」
「ふーん」と、さわは感心して見とれていた。
すると、父親は、
「向かいの山には昔からちょいちょい奇麗な狐の嫁入りが見えるが、そのときは見える人の足元に狐が来て、よだれをくって回りよると、そうら、さわのはたへ狐が来ちょるじゃいか」と言うた。
「向かいの山には昔からちょいちょい奇麗な狐の嫁入りが見えるが、そのときは見える人の足元に狐が来て、よだれをくって回りよると、そうら、さわのはたへ狐が来ちょるじゃいか」と言うた。
さわはおくれて飛び上がり、「ああ恐い、かかやん」と叫びながら家に飛び込んだ。
人まね上手な狐は、花嫁の嫁ぐのどかで奇麗な提燈行列をまねて、よだれをこぼして狐の嫁入りを表現し、女子供を化かして楽しんでいたと。
こんな話を今時したら、みんなに馬鹿なおどけと笑われるが、六十年も昔、私はほんとに奇麗な狐の嫁入りを見たがぞねと、さわは言います。
化かされてもよいから、一度、狐の嫁入りの提燈行列見てみたい。
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