根木さんと一緒に、西尾壽公さん(なはり浦の会)に案内をしていただきました。
田野町の浜口雄幸 旧邸を訪問しました。
東京帝大の法科を出て大蔵省に入るというエリートコースを歩む。後、衆議院議員となり、大蔵大臣、内務大臣といった要職を歴任。1929年、民政党(立憲民政党)の初代総裁として第27代内閣総理大臣となる。
容貌から「ライオン宰相」と呼ばれた。世界恐慌下の日本で金解禁と緊縮財政を推進。対外的には英米との協調を必要と見なし、ロンドン海軍軍縮条約を結んだ。
これらの政策が反発を招き、東京駅のホームで右翼団体メンバーに狙撃され、それがもとで亡くなっている。
画像: 浜口雄幸
五台山に建つ浜口雄幸像
田野町HP: 浜口雄幸旧邸
・所在地 田野町字中森次378
・ 所有者 田野町
宏大な屋敷に質素な建物、簡素な庭園等旧郷士の代表的建物といってよい。
元内閣総理大臣浜口雄幸は、旧制第三高等学校在学中高知市五台山唐谷の水口家から浜口家に養子にこられた。清岡道之助夫人静は雄幸夫人夏子の伯母にあたる。
旧邸は昭和52年、浜口直氏より田野町に寄贈され、昭和55年3月修復工事がなされた。邸前には"なすことの いまだ終わらず 春を待つ"の雄幸直筆の碑と県民政党支部が制作し、元郵政大臣大西正男氏から寄贈を受けた胸像が建っている。









浜口雄幸 旧邸
HN:サカチャン
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