いさかい(争い、喧嘩)
世の中は夫婦の間でもイエスかノーで明るくも暗くもなり、まして他人とでは大喧嘩になることしばしばである。
今日は数元さんの喧嘩を思い出してみよう。士族生まれを母に持ってしこまれたせいか、数元さん子供の時から負けるが嫌いで喧嘩にえらく、気にいらんことには、くじはくるで、大石の子天狗とあだ名があった。
若いしの頃、家の仕事は少ないので、秋の収穫時は沖の左右山へ出稼ぎに年々出ていた。
ある年の秋、大家に来て朝も早うから日暮れまで働かされていた。出稼ぎの連中と話し合うてみたら、仕事量に比べてどうも賃金が安い。お八つの時に雇い主のおやじさんに賃上げの相談にかかった。
そしたら大男のおやじ、「田舎者の小兄(こにい)が、おおちゃく言うな」と、いきなり数元さんの頬を、へち向くばあ殴った。
たまるか数元さんカーッときた。「人が相談しよるに聞きもせず、田舎者の小兄じゃとひとを殴りよったねや、もう許さん」と言いながら、稲束を担ぎよったサスを取るやブンブン殴りつけた。
嫁さんこりゃ亭主が殴り殺されるとおくれて、隣の人を呼びやっと止めて、おやじは恐れ入った。数元さんは当日までの賃金を貰ってそこを出て、別の家で稼ぎを終えて帰って来たと。
さて小百姓で家を支えていたが、兵隊からもどってきた弟の留次、幼少時に病弱で小学校へも行ってないので、外に出てもなにも出来まいと小百姓を留次に譲り、数元さん町へ出てきて、紙草買いや古董や仲立ちと、なにこれとなくやって暮らしていた。
当時の本山の町にも、現在のやくざに似た者がいた。百さんという体格えい男が酔狂して暴れる。横はいう、またい者はこづく、手におえんおおちゃく者がいた。
ある晩横町で百さんとバッタリ出会うた。すると百さん、「こりゃ数元、おんしゃあ山だしで小なまいきな、こづいちゃろ」と叩きかかってきたが、数元さん、「ここは町で人に迷惑じゃ、此方へこい」言うたら「オオッ」と言いながら酒屋の下の石垣の曲がりに来た。
「さあやるか」と始めたら百さんなかなかに腕力が強い。叩き合うたらこりゃえらい、数元さん無理無体に百さんの首襟へ取り付く。
パンパン叩かれるが首襟離さずギュウギュウ締め付けよったら、百さんウウーンというて、ぐにゃりっとした。
つかんじょった手を離すと百さんぱったりと倒れた。さあ大変、落ちた。どうしよう。とっさに数元さん走った。
酒屋の直ぐ上の警察へ飛び込むと大声で、「暴れるけ首締めたら落ちた、助けてくれー」と。その時ちょうど柔道やの巡査がいて「そりゃいかん」言うや、一緒に走って来て、背中にすねを当て、両腕を持ってぐうーっとやると百さん「ウウーン」と息を吹きかえした。
巡査は百さんの日頃を知っていたので事情を話したら、さして咎めざったと。その後は町で出会うても百さん知らん顔して通ったと。
「逃げるが勝ち」と賢い者は無駄な喧嘩はしない。
「一寸の虫にも五分の魂」とか、「弱いと侮ると大失敗する」
「据え膳食わぬは男の恥」と仕掛けられた喧嘩受けて立つ。「男は度胸」と負けん気の強かった数元さんの昔話。
いさかい(異境)。狭い日本の土地、境界線を石や木、溝などで決めていた。それで「此処までは俺らんくじゃ」といつも、いさかい(喧嘩)が絶えなかった。
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