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2009年10月29日アーカイブ

鏡川河畔みどりの広場で開催の「第38回ふるさとまつり」に行きました。

昼前に行ったのですが、大変なにぎわいで、人気の食べ物処は行列が出来ていました。

市町村の出店ブースなども活気がありました。順番に紹介して行きたいと思っています。

                     画像アラカルト

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HN:イベント案内人

鏡川河畔みどりの広場で開催の「ふるさとまつり」 に関する記事 

イベント情報

HN:イベント案内人  さんの記事


高知市在住で、和紙工芸の創作活動などをされている「和喜の流」 さんがひろめ市場で展示会をしていました。

根木さんに紹介していただき、ひろめ市場へ行ったのは展示会最終日の夕方でした。

その時間までいの町で和紙の話をしていた矢先の、和紙工芸作品などにお目にかかれて、感激でした。

画像では作品のほんとの魅力や迫力をお伝えすることが出来ませんが、高知市にこんな素晴らしい和紙工芸の作家がおられる事を、皆様に知っていただけたらと思っています。

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          土佐の縁起飾り・・・一年中飾っておきたいものばかりです。 

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               土佐の日曜市・・・楽しそうです。 

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                                 これは、ポストカードからのご紹介です。

 

   「和喜の流」  "和を喜ぶスタイル"

高知市青柳町61-60   
 
連絡先: 088-883-8336  秋山ミキ

 

     和喜の流

 

HN:カナリヤ

和紙工芸 「和喜の流」 さんに関する記事 

HN:カナリヤ さんの記事


馬路村の巨樹銘木・・・23 朝日出山の大杉(細井の大杉)

馬路村の清岡博基・馬路村村議会議長に同行していただき、同村の岡田教育長にお会いしました。

馬路村教育委員会刊の「馬路村の巨樹銘木」の冊子を戴くとともに、

同村には「魚梁瀬山の案内人クラブ」があるので、「馬路村の巨樹銘木」を広く皆さんに紹介して、馬路村に来ていただき、馬路の自然に触れていただく取り組みについて話しました。

馬路村教育委員会刊の「馬路村の巨樹銘木」より

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HN:巨樹銘木案内人

馬路村の巨樹銘木 のご紹介 

魚梁瀬(やなせ)山の案内人クラブ に関する記事

馬路村の見所・ウオッチング

HN:巨樹銘木案内人 さんの記事


霊 魂

 時は明治二十年過ぎ。村でも器量良しのお米さんは十九の娘盛り。村の大家の山下家、二人兄妹の家取りの体格も人並み以上で男前の要治に見込まれて夫婦になり、
幸せな日々を楽しく過ごしていたが、一年たらずで日露戦争になり、夫の要治は出征し戦場に出た。

 時にお米さんは男子を出産し大事に育んでいたら戦争が激しくなり、二百三高地の激戦で夫要治が戦死したとの報にせっした。

 悲しみの中にも夫の形見に男子を大切に育てて日を送っていたが、要治の母は、お米は二十歳そこそこで戦死者の妻として、若後家で一生を過ごさすは惨いことと思い、
孫は私が育てる、暇をやるから里に帰り再婚して幸せになれと言いくるめて、お米は泣く泣く子供を母に預けて里に帰る。

 その後お米は縁あって教員の妻となり、二女に恵まれ幸せな日々となった。
 時は過ぎて、祖母に残してきた子は成人し嫁をもらい女の子が誕生した。お米さんにとっての初孫である。

 自分の下の娘が小学一年でかわいい盛りであるのに、孫が特にかわいい。それは残してきた我が子に十分なことが出来なかったとの心残りがあったせいでもあろう。

 「さわ、さわよ」と目に入れても痛くない程の可愛がりようであった。孫のさわが四歳のとき、お米さんはふと悪い病にかかり、死の寸前にも自分の娘より孫のさわを、
さわを連れてこいと、いとおしんで他界した。

 それから時は流れてさわも成人し、嫁いで三人の母となり忙しい日々を過ごしていた。秋の彼岸に久し振りに里帰りして、父母や妹らと先祖の墓参に行き、
可愛がってくれた祖母お米ばあさんの墓にお参りして、墓地を一歩出た時、不思議なことに、さわの右肩がづんと何かもたれかかったように重くなった。

 さわが「ああ、肩が重い」と言うと、父が「そりゃ、お祖母さんがさわが来てくれたので嬉しゅうてもたれかかったわ」と言うと、妹らは、
「そんなことあるかや」と笑ったが、本人もそんなことはないと思い、何気なく帰ったが、右肩は次第に重く頭の髪をかくにも手は重く、帯を結ぶにも手は後ろに回らず、
身体はどこも悪いことはないのに、右肩は重くて手が自由に動かない。

 父が言ったこと、好きで可愛がってくれたお祖母さんが肩にかきつくなんてそんなことないと思ってもなおらん。しかたなく神官さんに見て貰った。

 なにも知らない神官さんは、「貴方はお墓参りに行ったろう」「はい、行きました」
「そうじゃろう、祖母さんが貴方を可愛ゆうてたまらなくて死んだ。その霊が取り付いちゅう。はずしをして上げる」と言い、神棚に祝詞を挙げて祈り、
「さあ、拝みなさい」と言うので手を合わし懇ろに拝んだ。

 すると神官さんが「手を上げてみい」言うので手を上げた。不思議なことに肩の重みがなく、元の通りの軽さになりなんともない。不思議なこと。

 神官さんがその時申された。「可愛がってくれた祖母さんを、よおうお参りして度々お参りに来るけ、かきつかずにおってと言え」と。

 その後は努めて春秋の彼岸には里の先祖や祖母にも墓参りをして、神官さんの言われた通りにしておりますが、
その後はお米ばあさんはかきつくことはなく安心して墓参ができるようになりました。
 
 

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