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2009年11月 5日アーカイブ

P1000113smole.JPG室戸岬に夕日(ダルマ夕日)の見える癒しの宿

秋桜(ウインターコスモス)が咲き乱れています。

一度おこしください。

 

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インターネットもできる室戸の民宿「まぜの宿」と喫茶 に関する記事

室戸岬  に関する記事


高知市観光ボランティアの人達と、高知市筆山町にある

土佐藩主山内家菩提寺の「要法寺」を訪ねました。

案内役の根木さん達が特別研修と言うことで企画をしてくださり、同行させていただきました。

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私たちが参拝している時に、ちょうど住職様がお帰りになり、高知市観光ボランティアが特別研修で来さしていただいた旨の話をすると、今ちょうど「お位牌」を出していますのでご覧になりますか・・・と本堂の鍵を開けてくださりました。

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住職様から、山内一豊公が長浜城主となったときに菩提寺となり、一豊公の転封に従って掛川城下、浦戸城下・・・と移って来たお話など、いろいろ丁寧に説明をしていただきました。

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          一豊、一豊の弟(康豊)の「お位牌」を見ることが出来ました。

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本堂の柱など、ほとんどが大きなケヤキでつくられているのにはビックリしました。よくこんな大きなケヤキが手に入りましたねーと訪ねると・・・山形の業者さんが立てた〇〇寺を見て、相談するとまだケヤキを持っており、お願いしました・・・

由緒あるお寺にふさわしい素晴らしい造りになっています。

 

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山内家の菩提寺・・・要法寺

高知県高知市筆山町8−5
088-831-6247‎

地図で見る

 

 

HN:史跡探訪者

要法寺 に関する記事

神社・お寺コーナーin高知

HN:史跡探訪者 さんの記事


室戸市の谷口總一郎さんが編集発行されている"高知県東部の地域雑誌" 「あおぞら」 が創刊一周年記年号(1991年10月号)で 

イラストで訪ねる懐かしの魚梁瀬森林鉄道」 の大特集を組んでいました。

 

「中芸地区森林鉄道遺産を保存・活用する会」の清岡博基会長に連絡を取っていただき、谷口さんにお会いすることが出来ました。

編集発行人の谷口總一郎さんの了解のもと、「イラストで訪ねる懐かしの魚梁瀬森林鉄道」を連載することにしましたので、ご期待下さい。

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馬路村全景(昭和26年)

 

イラストで訪ねる懐かしの魚梁瀬森林鉄道 に関する記事

魚梁瀬森林鉄道遺産 全体 に関する記事 

魚梁瀬森林鉄道遺産 に関する記事

青空編集発行人・谷口總一郎  さんの記事


馬路村の巨樹銘木・・・24 アカガシ

馬路村の清岡博基・馬路村村議会議長に同行していただき、同村の岡田教育長にお会いしました。

馬路村教育委員会刊の「馬路村の巨樹銘木」の冊子を戴くとともに、

同村には「魚梁瀬山の案内人クラブ」があるので、「馬路村の巨樹銘木」を広く皆さんに紹介して、馬路村に来ていただき、馬路の自然に触れていただく取り組みについて話しました。

馬路村教育委員会刊の「馬路村の巨樹銘木」より

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HN:巨樹銘木案内人

馬路村の巨樹銘木 のご紹介 

魚梁瀬(やなせ)山の案内人クラブ に関する記事

馬路村の見所・ウオッチング

HN:巨樹銘木案内人 さんの記事


やっこさん(はやり仏)

 「やっこさんだね」と聞くと、ユーモラスで愉快な踊りが頭に浮かぶ。
 田舎の町本山で、やっこさんと言えば、上の坊(昔の寺跡で、住職の墓)さんの裏側にある捨て墓のはやり(流行り)仏さんである。

 やっこさんの墓に、婦人が悩み事や婦人病の平癒を願掛けすると、不思議と効果があるので、昔からずうっと現在に至るも、やっこさんの墓前には、しきびと花が絶えることなく線香がただよっている。

 それだけ人を引き付ける魅力のある不思議なやっこさん。この不思議な霊魂と薩力はどうしてできたのだろうか?

 さて話は明治末期から大正の初期の頃に、阿波から貧しくて仕方なく本山の料理屋に売られてきた器量よしの若い女で、呼び名は「やっこ」と付けられ、気も優しゅうて愛嬌よしで「やっこ」「やっこ」と人気があって、料理屋は繁盛した。

 飲み屋の女は客に好かれて、人気があればあるほど引き回されて身体の疲れがひどい。三年目にふと病気になったが、栄養も足らず病は治らん。

その病弱体でも夜の仕事は休ましてくれず、難儀な仕事と身の不幸に身も心も疲れ果てた。

 自分を可愛がって育ててくれた母も年老いて昨年亡くなり、身寄りもない病身で、こんなにむごい暮らしの身の不運はつくづくいやになり、死を決して店じまいした小雨の夜中に、こっそりと料理屋を抜け出して、下町の側を流れる吉野川の淵(大箱淵)に身を投げて水死した。

 夜が明けて朝になって料理屋では、やっこがおらんと騒ぎよる。そのうちに人々が、「下町の大箱淵へ女の身投げがあって上がったぞ」と、噂が町中に流れた。

 料理屋の主が駆け付けてみたらうちのやっこじゃ、「死ないでもよかろうが」と人前はつくろうたが、心うちは哀れさもなくおおちゃくなやつと仕方なく引き取って、簡単な仮埋葬で共同墓地に葬った。
 その埋葬の時、棺の中へやっこの下着や持物全部を投げ込んだ。その中にやっこが大切にしていた、母がお四国巡礼で得たお納経があったと。

 町の人々も、人の貧しさと不運不幸を哀れと思い、春秋の墓参の時は皆んなやっこさんの墓にしきびや線香を手向けた。

 すると不思議な力というか魅力といったらよいか、何時ともなしに婦人の守り仏やっこさんになって、今日でもお参りが絶えることなく、花やしきびが青々と線香の香りが漂っている。

 昔は小さかった石碑も、今は誰か篤志家の寄贈で立派な石碑がお堂の中にある。
 人としてのこの世では貧しく哀れであったやっこさん。あの世で霊は、多くの人にお参りされて安らいでいることと思う。
 人の哀れか、はやり仏のやっこさん。
 

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