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2009年11月12日アーカイブ

11月21日(土)18:30~20:00、「近江屋対談ー龍馬&弥太郎」が坂本龍馬記念館で開催されます。

 

・・・「龍馬伝」を前に 龍馬・弥太郎の応援歌を通して地域を応援したい・・・

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龍馬研究会の根木勢介さん(安芸市の岩崎弥太郎生家近くの出身)が司会をして

金本 美智子さん(安芸市岩崎弥太郎生家近くに住む主婦、作詞により地域を盛り上げる活動中)

元吉 明さん県立安芸病院理学療法士、ボランテイアで音楽活動を行っている)

梶佐古 孝彦さん安芸市出身の音楽プロジューサー、よさこいの編曲などを手がける)

安芸市に関係の深い方達による、話あり歌ありの「近江屋対談ー龍馬&弥太郎」です。

今回、対談相手の金本さんや元吉さんは、先日放映されましたNHK「おーい日本」にも出演されました。

 

 

県立坂本龍馬記念館内の「近江屋・復元の間」で行います。

 
・日時:21年11月21日(土) 18時30分~20時まで
 
・場所:県立 坂本龍馬記念館  高知市浦戸城山830番地
 
 

・参加費:入館料(大人 500円、高校生以下無料)が必要です

 
・定員:30名(先着順)
 
・申し込み、問い合わせ:県立坂本龍馬記念館
             電話・088-841-0001  
           フアックス:088-841-0015
 
または、根木さんまで 携帯:090-2825-2069 

 

 

 

[プ ロ グ ラ ム]

1.開会挨拶:森・坂本龍馬記念館館長(3分)

2.(幕開け)手作り紙芝居:丸林・桂浜水族館学芸員(10分)

司会者挨拶:根木勢介(3分)

4.出演者紹介(=3人×2分)

  金本 美智子

安芸市岩崎弥太郎生家近くに住む主婦、作詞により地域を盛り上げる活動中

元吉 明

県立安芸病院理学療法士、ボランテイアで音楽活動を行っている

梶佐古 孝彦

安芸市出身の音楽プロジューサー、よさこいの編曲などを手がける

5.プロローグ:龍馬・弥太郎応援歌の作詞者・金本美智子のはなし(5分)

   題名:土佐のこどもたちへの応援歌です    

6.歌の披露 元吉明 演奏・歌:「土佐からのメッセージ」(5分)

歌の披露 元吉明 演奏・歌:「土佐っ子魂 今生きる」(5分)

7.対談テーマ:困難な時代でも大きな夢を持ち続けた龍馬と弥太郎を語

  る(40分)

 

    司会・進行:根木勢介

      対談者:金本 美智子、 元吉 明、 梶佐古 孝彦  

8.根木勢介:閉会のあいさつ:(2分)

9.エンデイング:出演者全員で歌を歌う

  再度歌の披露 元吉明 演奏・歌:

               「土佐からのメッセージ」(5分)

               「土佐っ子魂 今生きる」(5分)

 

                   

 
 *会場・参加者の方々とのやりとりの時間も設けて、龍馬と弥太郎の「夢」について、また、「夢」を持つことの大切さを語りあいたい、と考えております。
 
皆さんの参加をお待ちしております。
 

まほろば里祭り(国府史跡保存会 発足50周年記念事業)が11月7日に、

南国市比江今集の庭などで開催され、参加しました。

国府史跡保存会発足50周年を記念したこの手づくりのイベントには

地元の子ども達をはじめ、多くの方たちが気楽に参加されて、楽しんでおられました。

歴史を感じる素晴らしい"まほろば里祭り"でした。

 

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国府保育園児や国府小学生全員の制作した「絵馬灯篭」が飾られ、その審査結果による様々な賞が設けられて、ステージ上で表彰されていました。

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発足50周年記念事業を主催した国府史跡保存会の戸田会長は、歴代の会長を中心に取り組んできたこれまでの歩みを振り返りながら、現在800名の会員とともにこれからもしっかりとまほろばの里の文化を伝承発展させていきたいと、話されていました。

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紀貫之のお墓があり、交流が続いている滋賀県大津市議会議長が代表としてお越しになっていました。

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南国市の橋詰市長がお祝いの挨拶で、国府史跡保存会が50年に渡って地元住民と一体となり素晴らしいまほろばの文化を伝承してきたことを高く賞賛されていました。

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南国市内のメンバーで作られていると言う「まほろばばやし振興会」のお囃子に、指導者の方が東京から参加出演されて盛り上げられました。

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HN:まほろばの人  さんの記事より

小学生の「紀貫之墓参探訪のたび」に随行してより抜粋

紀貫之は生前琵琶湖の良く見える滋賀県大津市の比叡山のふもとにある裳立山をこよなく愛したと言われ伝えられています。その意をに沿うべき紀貫之の墓所は比叡山系の裳立山にあります。

国府史跡保存会はこのすばらしい史跡を後世に受け継ぐ為に地元国府小学校に出向き小学生への史跡の出前授業を行っており、その一環として今年も「貫之墓参探訪のたび」と名付けて6年生9名を裳立山の貫之墳墓に行った。

墓所の前で土佐日記を15分間にわたり子供達が暗唱し随行者一同感動した。また子供達はこの探訪の旅を題材とした俳句を作り11月に行われる土佐日記門出の祭りで発表するとのことである。

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国府保育園児や国府小学生全員の制作した「絵馬灯篭」が飾られ、その審査結果による様々な賞が設けられて、ステージ上で表彰されていました。

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HN:龍馬

土佐のまほろば・・・国府地区編

HN:まほろばの人  さんの記事

HN:龍馬 さんの記事


室戸市の谷口總一郎さんが編集発行されている"高知県東部の地域雑誌" 「あおぞら」 が創刊一周年記年号(1991年10月号)で 

イラストで訪ねる懐かしの魚梁瀬森林鉄道」 の大特集を組んでいました。

 

「中芸地区森林鉄道遺産を保存・活用する会」の清岡博基会長に連絡を取っていただき、谷口さんにお会いすることが出来ました。

編集発行人の谷口總一郎さんの了解のもと、「イラストで訪ねる懐かしの魚梁瀬森林鉄道」を連載しています。

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イラストで訪ねる懐かしの魚梁瀬森林鉄道・・・馬路駅でのワルシャード蒸気機関車(昭和初期)

 

イラストで訪ねる懐かしの魚梁瀬森林鉄道 に関する記事

国指定重要文化財 ー旧魚梁瀬森林鉄道施設ー

魚梁瀬森林鉄道遺産・・・全体 に関する記事

魚梁瀬森林鉄道遺産 に関する記事

青空編集発行人・谷口總一郎  さんの記事


代参詣で(三宮)

 昔は今のように生活も医学も総てが進んでいなく、暮らしは総体に貧しかった。そのせいでか、誰か病気になって病が重くなると、しかたなくお医者さんにも掛かって毎日往診を受け、薬も貰って飲むが良くならん。しだいに病気がつのって危篤状態になる。さあ、いかん、みんなで三宮社に代参参りをして治してもらわにゃいかん、と神詣でとなる。

 与助は弟もんで家督もなく、その日稼ぎで女房に子供三人の五人暮らし。貧しいが真面目でよう働き、部落でも評判が良く皆に好かれていたが、雨降りの日の仕事で濡れて無理したのが元で風邪をひき、それがこじれて肺炎になった。さあたいへん、女房も精一杯の看病をし、親戚の者も駆け付け近所の婦人らも手伝って世話をする。

 病人の小部屋に七輪に火をおこし、洗面器で湯を煮立ててコンニャクを熱いほどに蒸したのを手拭きで巻き、胸を蒸し、取り替えては蒸してシップする。湯気を部屋中に充満して肺炎のしんどさ(呼吸困難)を和らげて、皆で夜も寝ずに病人の看病するが、病はつのるばかりで、今日か明日かの危篤状態となる。

 隣近所の人が入れ代わり見に来る。与助はこじゃんと悪いが、「ありゃええ男で、まだ子やらいじゃけ、死んだら困る。早よう代参まいりせにゃいかん」と分立ちが言いだすと、口づてで近所から地区中に伝わる。「そりゃ」と各戸から必ず誰か一人は代参詣でに参加する。

 先だつ世話人が与助の年と「えと」を確かめて、与助のいっちょうらの羽織りとお撰米を風呂敷に包みさげて、近所の人と氏神様へ向かうと、地区中の老若男女に子供までぞろぞろと続く。

 氏神様の神前に与助の羽織りを供え、お撰米を上げて、「三十七才、ねの年の男、与助の病が重い、どうぞお助けください」と祈願し、続く人々に与助の年とえとを知らせてお参りしてもらう。

 氏神様が済むと下ゆ(兼山堀)道を西へ回って一本松の灯明台、琴平宮様に氏神様と同様にみんなで祈願して、次は広い公園通りを東へ、寺坂の上のお伊勢宮様に代参祈願をする。お伊勢様には氏神の宮司さんが居て、祈願ののりとをあげて拝み、お札をくれる。それを世話人が持ち帰る。一般の代参者はお伊勢様のお参りがすむと、めんめに帰宅する。

 世話人は持参した物を返し、戴いてきたお札を病人の天井に張って、「三宮社様に地区の人みんなで病気が良うなるようにとお参りしてきたけ、与助は治るけ、こじゃんと世話をしちゃれよ」と家族をあしらって帰る。

 その後与助の病気は、皆の手厚い看護と、地区総出の代参詣でのかいあってか、次第に良くなって全快した。

 地区に危篤の病人ができると、地区総出で三宮社への代参詣でをする。その病人が回復しても、当人は格別にお礼回りやお返しもすることはなかったが、地区内の誰か病気で危篤じゃいうたら、代参にこぞってみんな参加した。それがみんな言わず語らずのならわしだった。

 田舎の町本山で、重病人ができると地区総出の代参詣では、戦前までずっと続いていた。なにか事あると、おんばもそうけも、好きも嫌いも一決して事に当たった良き時代。


◎昔の貧しい時代には、事のない軽い患いではお医者には行かなかった。それで病がこじれることがあったろう。

 当時は医師も少なく、良い薬、ペニシリンもなかった。昔ながらの療法や手薬などで対処していた。
 風邪がこくれて肺炎になると大変で、栗の木の虫(虫食いの木の中、小指ほどの幼虫)を煎じて飲ましたり、熱いコンニャクで胸を蒸してシップするとか、湯気をたてて呼吸をやわらげるなど、いろいろと手をつくした。

 かなわぬ時の神頼み 人の祈るは願いごと
 

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