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2010年4月 8日アーカイブ

モデル.jpg4月11日(日)内原野公園でモデル撮影会が開かれますよぉ~
 
時間 10:00~15:00
 
参加料無料色々な賞が貰えますよぉ~
 
綺麗なモデルさんも来てくれます
 
是非皆さん参加して下さいねぇ~
 
 
 
 
 

仁淀川町駐在の地域支援企画員の西森です。
いつもお世話になっています。

tosashizen_f_small.jpg仁淀川町産の直販所「土佐自然工場」には個人的にも買い物に行きます。

花などもありますし、海の産物もありますよ。
これから4月下旬にかけては山菜がたくさん出ることと思います!

気さくな店員さんもいますので、お気軽に声をおかけください♪

ぜひ!

★添付画像は店内等の様子(撮影は今年2月)

※ここの悩みは駐車場がないので、バイクか自転車、徒歩で。。。
  ということになりちょっと不便なところです。
  なんとか改善できないものかと思います。



(有)土佐自然工場
~材料はきれいな水と輝く太陽、動力は豊かな心~
 高知市中宝永町5-2   電話088-883-4465
 営業/9時半~17時(日曜祝日は15時まで) 無休

 

仁淀川町産の直販所「土佐自然工場」 に関する記事

HN:仁淀川町応援隊 さんの記事

仁淀川町の見所・ウオッチング

 

高知市中宝永町の直販所「土佐自然工場」の話題

「高知ファンクラブ」MLから抜粋しました

 

西森さん、みなさん、おはようございます。

直販市いいですね。

此処は、自転車で買い物に行きますね。
以前は隣のスーパーがあり、車の方はそこを利用されてましたが・・

できたころから利用しています。
花はいいですね。私はお茶が好きで、此処で仁淀のお茶を買ってました。
今、お茶は帯屋町のおかみさん市へ出店される仁淀の生産者から購入です。
町中へ勤務初めて、現在は行くことが少なくなってます。

勤務が休みの時に参りましょう・・・

情報ありがとうございます。

                            溝渕(ゆう)


長宗我部ファンクラブ事務局です。

草若葉萌えいずるこの季節。
皆様の希望に満ちた新生活も軌道に乗りつつあることでしょう。
環境一新!4月も長宗我部ファンクラブをよろしくお願い致します☆

 

(1)いよいよあさって!高知県立歴史民俗資料館がリニューアルオープン!

4月10日(土)高知県立歴史民俗資料館がリニューアルオープン。
今回新たに長宗我部展示室が設けられるそうです。
オープニングの午前10時からは武者行列入城も!さあ、元親公に扮するのは
一体どなたでしょう?もう「れきみん」から目が離せません☆

怒濤の戦国武将ブームど真ん中、高知県立歴史民俗資料館公式サイトはこちら
http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~rekimin/

 

(2)5月22日(土)長宗我部フェス、23日(日)初陣祭!

5月22日(土)第1回長宗我部フェスが高知県立歴史民俗資料館で開催
されます!幅広い年齢層の方にお楽しみいただける企画を満載☆ぜひお越し
ください。

元親勢揃いのポスターはこちら
http://chousokabe.com/fes/top.html

そして翌23日(日)は高知市長浜若宮八幡宮で初陣祭が執り行われます。
今年も全国各地から熱い想いを胸に多くの方が集うことでしょう。

 

(3)和霊神社 脱藩祭にて軍鶏鍋を販売しました

高知市にある和霊神社は1762年、坂本龍馬の先祖が宇和島の和霊神社より
分祀し建立した神社と言われています。1862年3月24日、龍馬はここで
水杯をかわし脱藩。

この「龍馬決意の場所」で3月21日、恒例の脱藩祭が行われました。
長宗我部ファンクラブは龍馬にちなんで軍鶏鍋を販売。おかげさまで100食
以上売れる大人気でした。

まつりでは地元小学生による脱藩シーン再現や「ミニ音楽祭」なども。
高知県知事や高知市長も参加され、安芸国虎の話題も出て楽しい交流が
できました。

詳しい模様は高知ファンクラブのこちらの記事をご覧下さい☆
http://blog.goo.ne.jp/cyosokabefc

 

(4)雑賀孫市祭りに行ってきました!

3月28日、和歌山県和歌山市本願寺で雑賀孫市祭りが開かれました。

長宗我部ファンクラブからはKIO会長とゆうさん、律さんが参加。
そして着ぐるみサミットには我らがもとちか君も!(どうやって意思疎通したのか気になります。笑)

雑賀衆鉄砲演武や武者行列も行われにぎやかに開催されたそうです。
雑賀孫市祭り公式サイトはこちら
http://magoichi.fc2web.com/

祭りでは「よみがえれ孫市」「幕末ブルース」などサムライミュージックを歌っているザ・ビートの皆さんの出演も。ザ・ビートの皆さんは5月22日(土)長宗我部フェスにも参加の予定です!
http://thebeat.blog102.fc2.com/

 

(5)長宗我部紀行3~小浜亭馬楽~

小浜亭馬楽さんによる長宗我部関連の史跡のご紹介です。

長宗我部紀行3
香宗城と宝鏡寺(小浜亭馬楽)

三宝山の南東
香南市野市町土居
香宗川のほとり
見落としてしまうほどの城跡がある
石碑も小さく謙虚
香宗我部氏を象徴している
城跡の八幡宮に立っても感慨は無い
つつましくさわやかである
 
甲斐源氏より出た香宗我部氏
親秀は自分の弟を殺して長宗我部から養子を取った
香宗我部親泰が誕生した
それから元親を支え続けた一生だった
外交も担当した
武田勝頼の入国にも尽力しただろう
朝鮮の役のころ死去した
 
昨今の長宗我部人気を一番喜んでいるのはこの人かもしれない
城跡より南に300mほどの所に宝鏡寺跡がある
そこで静かに眠っているこの人
もう少し光が当たってもよい


==編集後記==

今月のファンクラブ通信、いかがでしたでしょうか。
春らんまん、桜の美しいこの季節。
4月3日には岡豊山で長宗我部ファンクラブお花見会も開かれました。

来年は皆様もご一緒しませんか?

今後とも長宗我部ファンクラブをよろしくお願い致します。

※毎月第2水曜日午後7時から開催している「長宗我部を語る会」。
4月は都合によりお休みさせて頂きます。
5月からは第2金曜日に開催する予定です。

■ ご意見、ご感想などはお気軽にどうぞ! 

発行    :長宗我部ファンクラブ事務局
お問合せ  :dokodemodoa0328@yahoo.co.jp

 

長宗我部ツアー に関する記事
長宗我部ファンクラブ
ゆうあい工房 、長宗我部フアンクラブ: (ゆう)さん  

長宗我部ファンクラブ事務局 の記事


4月24日(土)11時30分~高知工科大学食堂で、奥ものべを楽しむ会の人達が造る、美味しい地元料理でまんぷくになったお腹を抱えながら、

県下各地の"高知を元気にする"取り組みの交流を目的に、まんぷく交流会(オフ会)を企画しました。

詳細はこちら

「高知ファンクラブ」まんぷく交流会(オフ会) に関する記事

県内の取り組みを、事前にこの場でも紹介をさせていただきますので、よろしくお願いします。
 
 
魚梁瀬森林鉄道遺産を中芸地区活性化の起爆剤に・・・
 

「中芸地区森林鉄道遺産を保存・活用する会」(清岡博基会長)の取組み

何度か見学ツアーを企画して、滞在型の観光資源として活用が始まりつつあります。

kaisaiyoukou1.jpg

旧魚梁瀬森林鉄道施設(18物件)が近代化遺産として国の重要文化財に指定された記念シンポが開催されました。

(森林鉄道としては全国初、また、5町村という広域での指定もわが国初だそうです)

P1110279.jpg

 

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       魚梁瀬森林鉄道遺産・・・安田川線  ⑦平瀬隧道

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       魚梁瀬森林鉄道遺産・・・⑭二股(ふたまた)橋

P1110562.jpg

       ひろめ市場 "ふるさとふれあいギャラリー"で魚梁瀬森林鉄道の企画展

 

国指定重要文化財 ー旧魚梁瀬森林鉄道施設ー

イラストで訪ねる懐かしの魚梁瀬森林鉄道

魚梁瀬森林鉄道遺産ファンクラブ

 

「高知ファンクラブ」運営事務局(オフ会) に関する記事

「高知ファンクラブ」運営事務局


お好さん

 今から百年余り昔には、瀬戸内の町や集落は開けすぎていたのと、御維新の改革で、どうも暮らしにくくなって、土地も広く人口も少ない土佐の国へと、伊予の人々が、四国山脈を越えて来て移り住んだ。

 お好しさんも小さい子供の頃、父母に連れられて伊予の三島から、土佐の本山の土居に来てありつき、大きくなった。

 小柄でしゃか、しゃかとした奇麗好きの娘に育ち、とみよし屋に女中奉公に上がり精出して働いた。
 ところが少しそそっかしかったのか、よく唐津を割ったので、おかみさんが「お好しさんはよう働いてくれるが、しゃか、しゃかで長うおいたら家の唐津はのうなってしまう」、とこぼした程いそしい人でした。

 その後縁あって母方の祖父、善太郎と夫婦になり。亀於、照吉と二人の子供にも恵まれ、ささやかな楽しい日々を過ごしていました。

 夫の善太郎は名のとおり、善人で好い人であったが四十二才の時、大家の手伝い仕事で、屋根から落ち不幸な死となりました。

 お好しさんは、その時、上の亀於十三、照吉八つの二人の子供をかかえ、三十七の若さで後家となりましたが、くじけず苦労に耐えて子供を育てた。

 姉の亀於は、他家の子守りなどして手伝うていたが、十七才の時、片岡先生の女中になって、東京へ行った。

 その後弟の照吉も、知り合いの世話で大阪へ丁稚奉公に出た。お好しさんやっと身軽になった。
 その当時沖から雑こ売りに来て、本山にありつき商売を始めていた、池駒次とゆう人と知り合い後妻になった。池の店は桜橋通りの辻で、干物や青物など売り、お好しさんは、うどんやそばを打って飲食を商売にしていた。

 私は小学四、五年で小さい弟の勝(四、五才)を連れて、お好しばあさんの所へ度々行った。おばあさんは心優しい人で、孫の私等を可愛ゆくて、売り物の沖の赤唐芋をくれたり、うどんや、飴めゆを食べさしてくれた。その後私が病弱になってからは、勝が弟の辰を連れて行って、色々と食べたかなぁ。

 私の体調が良くなった二十才過ぎに、駒次の息子で船乗りしていた、隆治さんも帰って来て商売を手伝い嫁ももらった。その後駒次さんも死ぬ。おりづらくなった、お好しばあさんは池の家を出て、安岡時計店の前を借りて、一人でうどん、そばの商売を気楽にしていた。

 毎晩の晩酌は二合、夜が主の商売にほろ酔い気分で、足はけつまげもって湯にひたしたそば籠を振りしぼって、うどん、そばを作って客に振る舞う、気合のえい人で皆に好かれた。
 注文の出前は、けつまづいて倒けると危ないので、毎晩私の受け持ちであった。その後私が家内をもらった当時は、年もいき商売もやめ、早船の一間を借りて住んでいた。

 私の長男、広三が生まれる時、母はてんでかまわなんだが、お好しばあさんは気を使い何時もつきっきりで世話をやいてくれ、お産の時には産婆さんを呼びに走ったり、湯は沸かす、ほんとにええ人でした。

 秋、小学校の運動会で、弟等の走るのを見に行こうと出かけ、あばあさんと二人で肩を並べて鍛冶屋の前に来た時、お好しばあさん、ひょろ、ひょろとして、ぐなりっと寄り掛かったので、転ばぬように抱き抱えた、それがお好しばあさんの、軽い中風の起こりであった。
 
その後息子照吉の家に身を寄せて暮らしていたが、そう厄介も掛けず、長患いもせず、七十二才で生涯を終わった。
 

◎顧みて思うに、お好しばあさんは色白で角丸い顔に、すきな日本髪を何時もきちんと結い、小柄な体に着物をしゃんと着て、休む間もない程セカ、セカ、シャカ、シャカと働き、道を歩いてもけつまげかねない、きよいのある人でした。
 
それに奇麗好きで、人に迷惑は掛けない、借りはしないと自活心が強く、何時もお金は縞の袋財布に硬貨を重いほど入れ、紐のはなを首に掛けくるくると巻き、いつも懐に持っていた。その律儀な人が、若くして後家になった不運のせいか、子供には苦労が多かった。
 
それにそこひで盲らになった母合田亀さんを、後妻に行くとき父母に預けて見入れて貰った。その女手があった祖母に母は、お借し下されをきめこんで迷惑を掛けたことと思う。

 お好しおばあさんの人生は、幸福とは言えないが、自分に負けず、孫等を可愛がり立派に生き抜いたことである。私等孫は祖母に十分な恩返しも出来ないが、共同で墓もなおした、せめて春秋の彼岸や盆には、努めて墓参し線香を燻らそう。

楽しさは 春の桜に秋の月
 家内達者で 三度食う飯
楽しさは 貧しきままに人集め
 酒飲め 物を食えとゆう時
 
 

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