歴史を感じる名瀑 「平家の滝」・・ 鏡川の名勝地のガイド

(この日は増水していたため、平家の滝が一段と見事でした)
高知市鏡横矢にある鏡川の名勝地「平家の滝」は、知る人ぞ知る名瀑である。国土交通省四国整備局が「四国のみずべ八十八か所」を選定しているが、その1つである。そして、そこの案内人として選任されているのが川村貞夫市議である。
平家の滝は鏡川の名勝地として、さまざまなパンフレットや冊子などに登場する場所である。しかも、この滝は平家落人伝説を今に伝えている。それだけに由緒あるところだ。
この日も旅館業の女将さんたちがこの滝に足を運んだ。丁度雨上りで、水量も多く、訪れた人たちは盛んに写真を撮っていた。

(女将さんたちに平家落人伝説を伝え、記念撮影をしました。)
この滝の傍で川村市議は次のように解説をした。
平家の滝伝説
源平の争いがいよいよ最終局面を迎えた1185年。屋島の合戦に続いて壇ノ浦の合戦で平家は敗れた。その後、源氏の追手を逃れるため、平家は西国を中心に逃散することになる。この滝の上にあった横矢村池河内に平家の女官とおぼしき女、子供48人が移り住んできた。
殿(しんがり)を務める男は遅れてくると言ったが、まだ到着しない。心細い中で過ごすことになった。ある満月の夜、対岸の敷ノ山の集落を見ると、源氏が白旗をかざして来るではないか。平家の落人たちは「もはやこれまで」と覚悟を決めて滝壺に身を投じてことごとく果てたのである。
四十八人が投身自殺をしたのである。
しかし、実は源氏の白旗とみたのは、タカキビが夜露にぬれて、月の光で白く見えたものを見誤ったのであった。
このことが言い伝えとして広がるなかで、この淵に来るものは俄かに病に罹るということで、人々は恐れ、滝近くに滝神社を建て、懇ろに弔った。貴船大明神である。
ある年、滝の近くの横矢村が日照りが続き、このままだと飢饉の恐れがある感じた庄屋が、去坂観正寺の坊さんを呼んで雨乞いの祈祷をすることになった。すると、ほどなく雨が降り、奇瑞を得た。そこで村人は喜んで、神社を建て直したとある。棟札にそのことの表記が見られたことから、1754年には、平家落人伝説が多くの村人の話題となっていたのである。
こんな話を川村市議は平家の滝の水先案内人としてしているのだ。
その後、この淵近く来た者は、にわかに病に罹ると恐れられるようになった。平家の落人の霊を慰める必要があると、貴船大明神を祀ってその霊を慰めるようにした。
ある年、横矢村が旱魃で飢饉となろうとした時、庄屋の西川貞右衛門が去坂村の観正寺の住職を呼んで、雨乞いの祈祷を行った。すると俄かに雨が降って五穀が収穫できた。そのことを喜んだ村人は、滝神社を建立して感謝を表わしたのである。
そのことが1754年の記録として残っているだけに大変由緒のある滝である。という平家落人伝説を語っている。
HN:鏡川大好き人間 サダヤンの徒然日記


