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2010年6月10日アーカイブ

昨年暮れに、四万十町見付665の 林一将(かつまさ)さん宅を訪問したときに、

私設郷土資料館、古渓城と土佐藩窪川家老職・林家を伝える林一将さん1

郷土資料館、古渓城と土佐藩窪川家老職・林家を伝える林一将さんに関する記事

林さんから「大阪からこちらに移り住んで、地元にとけこんで素晴らしい田舎暮らしを楽しんでいる人がいる・・・」と聞いていました。

いつか"一度お会いさせてください!"と、お願いをしたままになっていました。

6月6日に、四万十町に出かける用事が出来たので、ひょっとしたらどうかな・・・と窪川に着いてから林さんに電話をしましたら、

「今日は町内一斉清掃で、この地区も70人くらいが参加して作業をしていて、白岡さんもいっしょでしたので大丈夫でしょう!」とのことでした。ラッキー!

林さん(78歳)は、地区長として地域のお世話をされていますが、白岡さん(68歳)が補佐役として関わってくれるので助かっています・・・と前回話されていたのを思い出しました。

 

林さんの車の後について3分ほどのところでした。

突然の訪問でしたが、林さんの仲立ちで、ご夫婦と実に楽しい時間を享受させていただきました。

田舎暮らしを楽しむ、高知・四万十町の白岡さんご夫婦・・・①心が安らぐ定住地探し

 

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白岡さんは、50歳代くらいから体力の低下を感じて、退職するまでに第2の人生を"心安らぐところで"・・・と、定住の場所を、休みを利用して全国各地を回って探したそうです。

四万十川で、窪川の不動産屋さんに頼んでいて、・・・ちょうど空き家を紹介してもらい、

夏に来て、この場所は風通しが良く、日陰が涼しい・・・農村に居を構えれば落ち着いた生活が出来ると感じた・・・。

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古民家を購入して、自分の好みで改修されていました。

この丸木の柱は、間伐材を自分で軽トラにつんで運んだ・・・とはなしていました。

白岡さんご夫婦の思いとこだわりを感じ、まさに"心休まる安住の地に変身"している風景を見せていただきました。

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松の木のハリに使って・・・すっかり古民家は変身しましたが、おしゃれな中にも周りにとけ込んで落ち着きのある場所でした。

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裏庭も前が開けて、向こうに林さん宅の"郷土資料館"の白壁が見えていました。

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空き家が沢山あるけど、なかなか貸さない!

知り合いに、高知に来ないか!と言っている・・・と話してくれましたが、借家がネックと話していました。

林さんも、空き家は50~60軒知っているけど、なかなか貸さない!と話していました。

"どこの誰やらわからんものには貸さん!" という風潮が強くて、私が中に入って、私が保証するけん・・・あんたが責任もつかよ!・・・という流れでこれまで3軒ほど貸せた。

空き家対策では、行政がしっかりと関わって、"行政が責任を持つ"ことが出来れば・・・もう少し進むのではないか・・・地域の者のフォローと連携していけば!

地域にとけ込み、地域を元気にする取り組みを一緒に取り組んでいる白岡さんのような"田舎暮らし"を希望する移住者を、行政と一緒になって増やしたいと、熱く語ってくれました。

都会では、退職者はする事がないとのこと。

年寄りに元気で働いてもらうためにも、"田舎暮らし"は魅力があることを実感しました。

 

高知で暮らす

高知で暮らす。ポータルサイト(以下 当サイトまたはこのサイト)は高知県庁 産業振興推進部 地域づくり支援課が開設し、管理・運営しています。

高知県各市町村の空き家情報を掲載しています。 

 

参考資料

楽しみながら情報発信!8月の「ブログ教室」終了

北海道・ニセコ町の・・・情報共有によるまちづくり・・・

北海道新聞より<ニセコの外国人予約、今冬も好調 件数、割合が昨季の2倍>
同スキー場によると、インターネットを通じた全体の予約件数は三百三十七件で、そのうち七十四件が外国人から。多くは豪州人ながら、ニュージーランド人、米国人からの申し込みもあった。昨年に比べて外国人からの予約件数、割合ともほぼ二倍に増加したという。全体の申込件数は昨年とほぼ同じだった。

 

北海道・ニセコ町

住基人口 男: 2,280人 女: 2,392人 合計: 4,672人

外国人登録者 男: 52人 女: 26人 合計: 78人

 

 HN:でべそ

田舎暮らしを楽しむ、高知・四万十町の白岡さんご夫婦 に関するページ 

郷土資料館、古渓城と土佐藩窪川家老職・林家を伝える林一将さんに関する記事

四万十町の見所・ウオッチング 

 高知で暮らす 

HN:でべそ さんの記事


2010年4月24日(土)11時30分~高知工科大学食堂で、

奥ものべを楽しむ会」の人達が造る、美味しい地元料理でまんぷくになったお腹を抱えながら、
県下各地の"高知を元気にする"取り組みの交流を目的に、まんぷく交流会(オフ会)を実施しました。

「高知ファンクラブ」まんぷく交流会(オフ会) に関する記事

心を込めて料理を作っていただいた「奥ものべを楽しむ会」の皆さんや、朝早くからお手伝いに参加したスタッフの高知工科大学生に感謝の意を表しながら、第2部のコーナーに移動しました。

美味しい料理でまんぷくになった"オハラ"をかかえて、 

地域の活性化を応援する活動のプレゼンテーションが、坂本耕平・「高知ファンクラブ」事務局長の司会で進められました。

 

地域活性化の起爆剤として活躍する「武田勝頼土佐の会」
                                  武田勝頼の会会長・岡林照壽さん 

息子さんの岡林誠さん(宮司)がIT分野を担当して、「武田勝頼土佐の会」の素晴らしい情報発信をしています。 

ホームページはこちらhttp://katsuyoritosa.web.fc2.com/index.html
ブログはこちらhttp://katsuyori.seesaa.net/

武田勝頼土佐の会会長・岡林照壽さんは、人望も厚く、熱心に取り組む中で地域も盛り上がっています。

昨年の武田勝頼没後400年記念フェス〈秋の陣〉では、花台が約25年ぶりに復活し、そして大崎八幡宮境内に設置されるのは、何と39年ぶりだったとか・・・

勝頼の興した玄蕃踊りにゆかりのある手踊りサミットも行われ、多くの団体がある中、6団体が参加しました。

この取り組みをきっかけに、今年の2月には手踊り分野を中心に、「仁淀川流域郷土文化芸能連絡協議会」が設立されました。

また、観光ツアーに結びつける取り組みとして、隣町の「越知平家会」と連携して、勝頼伝説と平家伝説~歴史ミステリーと大自然にふれる旅~のユニークな企画パンフやDVDなどを作成しています。

 

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まんぷく交流会(オフ会)開催のお知らせ10 地域活性化の起爆剤として活躍する「武田勝頼土佐の会」

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武田勝頼の会会長・岡林照壽さんより、コメントいただきました。 

1年未満の使用なのにパソコンの故障でしばらくご無沙汰でした。

ところが以前のメールが全部見えなくなり大変。

工科大の発表会は、時間がなくて何を話すか決めないままに始まり、結局何を話したか覚えていません。

が、勝頼物語はダイヤモンドの原石を見つけた様なものと思っております。磨けば相当光を発すると思って日々取り組んでおります。

誰かがやらなければ、ただの石で終わるだろうし、磨きようでは相当な値打ちの物になると日々信じて取り組んでおります。

観光産業に繋げたら良いのですが。 コメント

なんて思っております。  武田勝頼土佐の会 岡林照寿です 

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武田勝頼土佐の会 さんの記事

仁淀川町の見所・ウオッチング

 

「高知ファンクラブ」まんぷく交流会(オフ会) に関する記事

「高知ファンクラブ」運営事務局


奇妙なお呪い

(一)飛び火の呪い
 隣近所も少ない車道も狭い。お医者さんもいない。田舎の開けてない時代のいろいろな病気に対応する生活の知恵というか、病気をなおすために当時は手薬とお呪いがはばをきかしていた。

 その中での一つ、「飛び火の呪い」と次の「火傷の呪い」について、大川村出身で市内で酒屋を営んでいる奥さんから聞いた話を書いてみます。
 
 毎年といってよいほど、一、二歳の幼児に飛び火が発病し広がっていた。
 山のおじいさんの呪いがきくというので、飛び火に罹った子供をおんぶして、若い母親が近在はじめ方々から来てお呪いをしてもらう。二、三度行って呪ってもらうところっと治る。不思議なこと。

 私も長女と次の男子を呪ってもらい良くなりました。おじいさんは自分の子供がなかったので、親しかった私(酒屋の奥さんのこと)にひそかに伝授してくれました。
 
そのお呪いの方法と呪文は、
 山から下へ流れた谷の水を、手を合わして拝み、破竹のささ葉で下むけに水をすくい、器に七度くみ、次の谷へ同じ手順で七つくむ。
 
次々と順に七谷の水を戴いて持ち帰った七、七、四十九滴のささ水は少ないので清浄な水をほんの少し足し水し、器の水をささ葉で飛び火の傷をしめしながら、
「七谷明神のあらたかい水じゃぞ、飛び火よ早よう鎮まれ、消え失せよ、あびらうんけんそわか」と三度唱えて息をフウー、フウー、フウーと三つ吹きかける。奇妙なお呪い。

 三番目の男の子が飛び火に罹ったときは、習ったお呪いを私が唱えて治しました、と。
 飛び火とは幼児の皮膚病の一種で、一度患うと免疫性になり後は罹らない。


(2)火傷の呪い
 現代と違って昔は焚火が主で、竈やいろりで薪を燃やし煮炊きをし、寒さも焚火で暖をとるので火つつきが多かったせいで、いろりへ子供が手足を突っ込んだとか、くら湯の茶瓶や鍋をひっくり返し大火傷をした。注意をしていても火傷をすることが多かった。
 
 つい誤って火傷をするとさあ大変。水で冷すがなかなかに火傷の痛みはとまらん。近所の爺さんが呪いを知っちゅう、早よう行って呪うてもらへ、と駆け付けたら丁度爺さんが居て、

「そりゃたまるか」言うて神棚に祭ってあったお水を杯に入れてきて、榊の葉をその水でぬらし、火傷した傷をピチャピチャと湿しながら、むにゃむにゃとお唱えして大きな息をプウー、プウーと三度吹き掛けて、
「どうじゃ、まだ痛むか」「ちょっとはましじゃが、まだ痛む」言うと、続けて三度呪ってくれた。それで不思議なことに痛みはとまったと。

 この爺さんの火傷呪いはよう効くので、近在で火傷をしたら皆来て、呪うてもらっていた。爺さんは親しい私に、子やらいはいつ何どき子供が火傷をするかわからんけ、この呪いはよう効いて焼け傷も残らんけ、覚えちょけと伝授してくれました。

 さて時は移り、四、五年前のことです。近くのお客さんで心安い方(年は五十歳前後の男)が茶瓶をつい引っくり返し、ふくらを大火傷してすぐ病院に駆け付け治療を受けましたが、なかなかに痛みがとまらず弱っていた。

 ふといつかの話で私が火傷の呪いを知っていることを思い出して、電話で、「すまんが火傷が痛むので来て呪ってくれまいか」と連絡があったので行き、「私は爺さんに習ってから子供の小さい火傷は呪ったことはあるけど、こんな大きな火傷は初めてじゃ。効くかどうかわからんけど」言ってから、「早く痛みよとまれ、傷なおれ」と念じつつ三回呪ってから帰っていたら、「痛みがとまった」と電話があり、翌日は包帯して仕事に行けたと。
 
 傷もわりと早く治って礼に来て、「奥さんのお呪いはほんとに効いて痛みがとまり、傷もおかげで早よう治った。ありがとう」と礼を述べられたと。 
 
さてそのお呪いの呪文とは、
「猿沢の池のほとりのささの葉は、火焼き湯やきの薬となるぞや、あびらうんけんそわか」と、この呪文を三度唱えて、息を大きくフウー、フウー、フウーと三息吹き掛けながら、「七谷明神のお水を榊の葉で」焼け傷をしめして冷す。

 お呪いとはまことに不思議、奇妙なことじゃが、飛び火も治し、火傷の痛みもとめて傷も早く治るが、文明が進んだ今日では次第に廃れていく。

 (注)七谷の水を汲み取ることはなかなかに難しく、空谷を通り越してもいけないので、 台風か大雨のあげで、谷水が順な時に汲み取って神棚に祭って非常時に備えておく。
   不思議なことに、このお水はいくら置いても腐ることはないと。
 
 

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