『ゴッホから届いたメッセージ』
http://kochi53.blog.ocn.ne.jp/blog/2010/06/post_cd8c.html
コーヒーブレイクということで・・・
いろいろと忙しくなってきましたので、ブログの更新については、以前に整理した隠しネタなどを披露することとします。~まぁ、白バイ事件や追手前小廃校(高知市長の議会虚偽説明)問題などが発生しなければ、こんなことを調べながら、のんびり生きてたような気がするのですが・・・
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ドクター・ガシェの絵は、ゴッホが自殺した最晩年の傑作。ゴッホがこの2パターンの肖像画に込めたメッセージを読み解いてみる。
左の第1バージョンは、1990年に大昭和製紙名誉会長の齊藤了英氏が8250万ドル(約124億5000万円)で競り落としたが、氏の没後海外に転売されたもの。右の第2バージョンは、ゴッホからモデルのガシェ本人に贈られ、現在はオルセー美術館に収蔵されている。
第1→第2の違いに着目すると①花が枯れている②花を挿していたコップ(水差し)が無い③黄色い本が無い④上着のボタンが無い⑤背景とテーブルの模様が無く、背景は青一色に染まり、花の色も青が際立っている⑥左手がドス黒く描かれている。
これらをゴッホからのメッセージとして読み解けば・・・
①花はジギタリスという毒草
②コップの水が無くなって花が枯れる→毒殺
③黄色い本は聖書(黄色は西洋では「嫉妬」を表す。ゴッホはキリスト教の牧師を志したが挫折している)
④貝のボタンは貨幣の象徴
⑤背景・テーブルの模様が消えたことは「生」から「死」への転換。キリスト教では「魚」は聖なる食物で、西洋では「青」は「死」を表す。つまり、魚がいなくなってしまった海(生物・食物のない世界)の表現だろう。
⑥左手は仏教では「不浄」。ゴッホは浮世絵などを通じて日本文化・東洋文化を理解していた。
それにしても、この第2バージョンの深い悲しみに沈むガシェの表情はどうだ・・・
これこそゴッホの真骨頂であろう その圧倒的筆力は素人・玄人関係なく伝わる
ゴッホが狂ってなどいなかったことは その頃の肖像画(下)を見れば判る。彼は見事に怒りに満ちた自分の姿をキャンバスに描き出している。
ゴッホは、「ガシェは医師でありながら金を使って誰かを毒殺した」と2パターンの絵の差で語っている。彼が画家であったことの存在証明であるかのように・・・
この筆力によるメッセージから、私たちは、ゴッホの方が正常で、ガシェが異常な手段を用いていたことが理解できる。おそらくゴッホは、当時のヨーロッパの政治的騒乱の中にあって、闇資金をやり取りするグループのトラブルに巻き込まれたのだろう。彼は秘密を知って幽閉され、暗殺されたのではないか・・・我々にメッセージを残して・・・
そう思わずにはいられない
坊主(日本の僧侶)としての自画像
備考
ゴッホの耳を切ったのは?=友人ゴーギャンか-英紙
【ロンドン5日時事】1888年12月、オランダの画家ゴッホの左耳が切り落とされた事件について、新説が登場した。通説では錯乱したゴッホが自分で切り落としたとされてきたが、友人の画家ゴーギャンが切った可能性もあるという。5日付の英各紙が伝えた。
ドイツの歴史家2人が新著で主張したもので、警察の報告書、各種証言、書簡を分析した結果、たどり着いた結論とされる。ゴッホとゴーギャンは事件の年、南仏アルルで一緒に暮らしていた。新説では、けんかの末、家を出ていくゴーギャンを追ったゴッホともみ合いになり、ゴーギャンが振ったフェンシングの剣で耳が切り落とされた。
ゴーギャンの行為についてゴッホが沈黙を守ったのは「共同生活再開に期待を抱いていたからではないか」と推測。ゴッホは、ゴーギャンへの最後の言葉で「君は沈黙している。私もだ」と述べているという。ただ、確定的証拠は示されておらず、アムステルダムのゴッホ美術館専門家らは一斉に反発している。(2009/05/06-07:39)
なお、本稿の絵のデータについては、ゴッホ美術館などが公開しているものを引用しました。著作権に問題がある場合は藤島利久までご連絡ください。







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