無重力世界のミケランジェロ 情報プラットフォーム、No.249、6(2008)


若い助教授の時代に提案し、地上実験を繰り返し、やがて教授になり、定年の60才を迎えようとする1992年9月にようやく宇宙での材料製造実験を行うことが出来た。
この間、1986年1月のチャレンジャー号の事故があり、3年間の遅れが加わった。毛利衛さんによる日本人初の宇宙活動は徐々に遅れていったのである。
やっと計画が進み、愛称の公募も済ませた"ふわっと'91"は、さらに"ふわっと'92"へと変更になった。
無重力下での実験提案の申請書では、地上では作れない新機能の創成が期待でき、科学技術の発展に寄与することを強調する必要があった。
これでは足枷を嵌めて、アイデアを出せと云っているようなものであり、良いアイデアなど出てくる筈もないと思った。
馬鹿らしいが楽しいこと、無意味でも面白いことなどと発想を転換したとき、良い考えが湧いてくることを経験した。
例えば、宇宙船と地球上との連歌のやり取りで風流を楽しむこと(新々古今和歌集の国際的な編纂)、散弾銃の弾を空気層に打ち込み流れ星を皆で楽しむこと(打ち下ろし花火の世界巡業)などであった。
それにしても、毛利さん搭乗のエンデバー号の飛行中の8日間、アラバマ州ハンツビルのマーシャル飛行センター(MSFC)で地上支援をした経験は貴重であった。水もれ事故
それから2年後の1994年に始めてイタリアを訪れる機会があった。ローマでヴァティカン宮殿を見学したときのことである。
システィナ礼拝堂でミケランジェロの「天地創造」の天井画の下に来たとき、古い美術全集で見ていたものとは、大きさ、色合いの点で想像を遙かに越えるものであり、その見事さにまず驚かされた。
1982年から始まった修復作業がようやく9年後の1991年に終了したばかりである。ほこりや後世の補筆が取り除かれ、制作時本来の色彩が現れているとの説明である。
天井の平坦な9つの部分、側面の20の部分、それに隅の4つの部分にそれぞれ天地創造の一大叙事詩の各場面が描かれている。
ここに写真をお見せできないのは残念であるが、多くの場面に上下がなく、無重力の世界がそこに存在していることに吃驚したのである。神や佛の世界に重力がないことは容易に想像できるが、次の説明でさらに驚いた。
ここで用いたフレスコ画の技法とは、一日で描ける分のだけの漆喰壁を塗り、生乾きの間に描く方法である。
一日分を描ききる過酷な仕事になる。ミケランジェロは20メートルもの高さに組まれた足場の上で、首が痛くなるような仰向けの状態で描き続けたとのことである。
制作中のミケランジェロは重力から完全に開放されていたと確信したのである。
また、この天井を見上げていると、体重を感じなくなり、天井に吸い付けられるような不思議な気分になってくる。
創世記によれば、神は混沌から天と地を、光と闇を創り出したとある。この時、重力場も出来上がったに違いない。
そして、最後に神と似ている姿をした人間を創ったとある。創造性豊かな人間の誕生である。芸術家たちは重力の軛から解き放たれているように思える。
上はどちらと判断しようとすることが、芸術の鑑賞を妨げているように思う。本来は創造性豊かであるべき科学者・技術者こそ、常識にとらわれない芸術家たちの自由な発想を見習う必要がある。
なお、鳴門市の大塚国際美術館に再現されているシスティナ礼拝堂は迫真の勢いがある。近くにあり、一度試して欲しいものである。
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高知県香美郡


