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このページは、会員1244が2010年7月14日 15:35に書いたブログ記事です。

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大豊町・八坂神社 日本一の大杉③ 美空ひばり遺影碑ほか

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大豊町・八坂神社 日本一の大杉に、久しぶりに行って来ました。

道の駅「大杉」のところから大杉が見えています。道の駅から車で登っていってすぐです。

大豊町・八坂神社 日本一の大杉①

大豊町・八坂神社 日本一の大杉②

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八坂神社 日本一の大杉の入り口にある料金所前の道路を上がると、美空ひばりの遺影碑や歌碑が建立された公園に行くことが出来ます。

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八坂神社

敗戦直後の昭和22年、まだ美空和枝という芸名で地方巡業をしていた後の美空ひばりが、この大豊町でバス事故に遭った。幸い九死に一生を得た和枝はこの大杉に、「日本一の歌手になれますように」とお願いした。
帰京後、芸名を美空ひばりと変え、それから日本一の歌手へと歩んだことは有名である。

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美空ひばり遺影碑9歌碑がたたずむ
大杉の苑敗戦直後の混乱期9歳でデビユーした美空ひばりさんは昭和22年まだ美空和根という芸名で地方巡業している途中、大豊町でバス事故に遭遇し九死に一生を得ました。

そして、1ケ月半の療養後、町内にある国の特別記念物「杉の大杉」に「日本一の歌手になれるようにと願をかけました。

帰京後、芸名を美空ひばりと変え、文字通り日本一のスターへの道を歩んだひばりさんは、14歳の時に当時お世話になった方々への挨拶をかねて大豊町を訪れ、日本一の誓いも新たに「杉の大杉」に参拝したのです。

その後昭和の歌謡史に大きな足跡を残したひばりさんは、平成元年、日本中のファンに惜しまれながらこの世を去りました。

大豊町では、.美空ひばりゆかりの地として、その業績を諾え、いつまでも人々の胸に残るようにと、フアンやプロダクション、レコード会社など、数多くの関係者の全面的なご理解とご協力を得て、平成5年5月に杉の大杉のすぐ隣に「大杉の苑」を整備し、遺影碑と歌碑を建立しました。

 

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HN:参拝者

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コメント(1)

私は美空ひばりさんの唄を聴きながらの人生でした、この写真を見て、一度現地に行きたいと思っていますがなかなか、忙しくていけません、去年福島の塩谷崎のひばり記念碑に行き、作詞作曲しました曲を聴いて下さい、次の( )内のURLをクリックして聴いて下さい(http://www.youtube.com/watch?v=zKeJUQaWQJw)DVDカラオケで見られます、又、ご意見など、曲のフルコースを見たい方は、次の( )のメール宛てに申し込んで下さい(myouga@sun.ucatv.ne.jp)すべて無料
電子メールで、お送り致します、曲はタンゴ調の歌謡曲です、(ひばりファンの方に限る)ちなみに私は作曲家の、高橋聖英です。

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