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2011年12月アーカイブ

 

連載第4回 若草幼稚園「すくすくの森」と子どもたち・・・生命の尊さと生命のつながりを学ぶ

 (その3 生き物にはそれぞれに生きる場所がある ④森の中で)

 

       高知市若草幼稚園 園長 岡林道生 執筆 〔『保育の実践と研究』(第16巻第1号)より転載〕

 

4 森の中で

 IMG_2799.jpg

 季節は巡ります。春、夏、秋、冬と毎年花が咲き、実がなり、さまざまな生き物が森に集います。一見同じように見える森は、決して同じではありません。自然の営みは、ゆっくり変化しているように見えて、めまぐるしい程の変化も見せます。一日として同じではありません。

そんな森の中で子どもたちは縦横無尽に駆け巡り、時に足を止め、座り込み、季節の移ろいに身をゆだねて遊びます。風の音、木々のざわめきに驚き、水の流れる音、鳥の声、虫の声に耳を澄ませます。また季節ごとに咲く花に目を留め、かぐかわしい香りに囲まれて、自然の贈り物に舌鼓を打ちます。そして、自然が落としてくれたものをおもちゃや道具にして夢中になって遊びます。

さまざまな体験の中で、子どもたちは生命の息吹を感じ、それを慈しむ心を育んでいきます。だから、保育者の話や絵本、図鑑で知った大切なことを素直に受け入れて、実行します。

P1000427.jpg

生命は自分だけのものではないこと、家族やまわりにいる人々のものでもあること、生命を育むためには、それぞれにふさわしい生きる場所があること、生命はつながっていて、それぞれが生きるために、子孫を残すために工夫して生きていること、簡単そうに見えて実は一生懸命生きていることが、わかってくるのです。

生命の営みやつながりを学ぶと、自分だけが嬉しくても楽しくてもいけないと感じるようになります。だからこそ、約束事が生まれます。

こうした子どもの育ちを支えていく上で、やはり、大人の存在は欠かせません。感性が問われることは言うまでもなく、私たち大人が、生命の輝きに気づいていなければなりません。しかし、森は、大人にもこの生命の輝きを教えてくれ、感性を開かせてくれます。森においでよ、多くの生命輝くところへ。

(注)こうやすすむ、「どんぐり」、『かがくのとも傑作集』、福音館書店、1983

IMG_3973-1.jpg 

 

HN:ちるどれん  

かしこくて、たくましい子どもに育てる(高知市・若草幼稚園の実践) 

若草幼稚園 「すくすくの森」と子どもたち  に関する記事 

HN:ちるどれん さんの記事

子どもの遊び場・高知 

子育て高知

投稿数の多い、投稿者一覧 

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小浜真英氏(瓦職人)作のシーサー その11  初めの頃のシーサー

初めの頃のシーサー 

 

初めの頃のシーサー

 

 

 

小浜真英氏の初めの頃のシーサーは、足が細かった! と木村さんが話してくれました。

 

 

足の細いシーサーも幾つかありました

 

瓦職人、小浜真英 氏作のシーサー に関する記事

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小浜真英氏(瓦職人)作のシーサー その10 とぼけ顔のチャーミングなシーサー 

とぼけ顔のチャーミングなシーサー 

 

 

とぼけ顔のチャーミングなシーサー

 

 

 

 

 

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小浜真英氏(瓦職人)作のシーサー その9 屋敷のつくり 

赤瓦の伝統的な屋敷はこのような間取りが

 

 

 

 一番座(応接間)

 

 大きな島材(島で育つイヌマキが貴重材として使われるとか・・・)を使った柱や貫(ぬき)(木造建築で柱等の垂直材間に通す水平材)

天井や床には、竹の簀子(すのこ)で暑さをしのぐ工夫がされていました。 

 の畳の下に竹の簀子(すのこ)が敷かれていました

 雨で土が流れるのを防ぐ工夫が、瓦で・・・

 

 

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仁淀川シンポ.jpg

開催日時:平成24年2月4日(土)13時~17時(12時30分開場)
開催場所:すこやかセンター伊野1階大会議室
     いの町1400番地
その他:入場無料・定員200名(事前参加申込みお願いします)

※詳細はパンフレット.pdf をご覧ください。裏面が参加申込書になっていまうs。

パンフレット.pdf


小浜真英氏(瓦職人)作のシーサー その8 赤瓦

 

お父さん(小浜真英氏)と一緒に瓦職人として働いていて、今も竹富島でお土産用の焼き物などをしていると言う木村泰司氏に案内していただきました 。

 

 修復用に保存している赤瓦を取り出して、組み方を説明をしていただきました。

出典:沖縄大百科 赤瓦

 【あかがーら】 赤瓦は沖縄に定着しているように思われがちだが、昔は灰色系の瓦が主流で、赤色系の瓦が現れるのは18世紀だという。このころ社寺や役所などの建設が盛んになり、瓦需要がにわかに高まった。そこで経済的な理由で、各地で瓦生産が可能な赤瓦が生産されるようになったという。
赤瓦は男瓦(ウーガーラ)と女瓦(ミーガーラ)から構成されている。男瓦は半円筒型の一端に玉縁(たまぶち)という部分がついている。玉縁とは接続部のことで、これと女瓦で一組となる。女瓦は平板を少し反らせた形で、女瓦を葺き並べた継目の上に、男瓦をかぶせて葺く。瓦のジョイント部分は漆喰で塗り固めるため耐震耐風に優れた瓦となる。
なお瓦葺きが一般に認められたのは明治以降のことで、漆喰のシーサーを屋根に置く風習もこの頃から始まったようだ

 赤瓦は男瓦(ウーガーラ)と女瓦(ミーガーラ)から構成されている。男瓦は半円筒型の一端に玉縁(たまぶち)という部分がついている。

 女瓦は平板を少し反らせた形で、女瓦を葺き並べた継目の上に、男瓦をかぶせて葺く。瓦のジョイント部分は漆喰で塗り固めるため耐震耐風に優れた瓦となる。


 修復用に保存している赤瓦を取り出していると、瓦と瓦の隙間から「サソリ」が・・・

日本にもサソリがいることを知りました。

 

出典:漆喰シーサーとは? 

    赤瓦と漆喰で屋根を仕上げた職人が、家主にお礼として

余った瓦片と漆喰でシーサーを作り屋根に飾りました。

それが原点です! 

 

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小浜真英氏(瓦職人)作のシーサー その7 吠えているシーサー

吠えているシーサー

 

吠えているシーサー、茶目っ気のある吠え方を感じる作品ですね。

 

 

 

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 岡田以蔵、幕末の京で「人斬り以蔵」でおそれられた暗殺者ではある。
 「龍馬伝」で人気を得て墓参りに多くの人が訪れ、墓は供花で埋もれていた。今でもそれは衰えていない。
 その人気の秘密は?と考える。剣技?一途さ?純情?行動力?
 ともあれ、下図を参照に墓へ行ってみよう。
P1010224.JPG

 墓は高知市東北部の薊野・真宗寺山にある。
P1010157.JPG

 「ヤマダ電機高知店」の北側の電柱(中央左)にある標識が入口である。
 
 歩いて5分。
 道は私設駐車場の北の標識から以蔵絵金墓分岐までが上り道である。
         
P1010158.JPG




















P1010160.JPG

 白い看板の横に「以蔵の墓100m」「絵金の墓180m」の標識がある。
 絵金に興味のある人は是非、絵金の墓へ足を延ばしてはいかがか。
ここから2〜3分である。



P1010163.JPG
 上の分岐から来ると道が左右に別れる。
 中央右寄りにT字の標識と、中央奥の左寄りの白い標識に従う。
 









P1010165.JPG
 
 中央の横並びの墓が以蔵一族の墓。
 その一番奥に以蔵の墓がある。
 











P1010167.JPG
 以蔵は字(あざな、通称)、宜振(よしふる)は諱(いみな、本名)。
例えば、武市半平太の墓碑は「武市半平太小楯」で、半平太は字、小楯(こたて)は諱である。
P1010171.JPG
 墓地に「以蔵情報板」と「記帳」(右端野の引き出し式箱)がある。
 情報板に次の記載があった。
 昨年7月5日〜今年9月5日の記帳者数
 市内230、県内154、大阪府147、神奈川86、兵庫80、東京都75、香川60(以下略)計1391

 司馬遼太郎の著「人斬り以蔵」では、以蔵の身分は4人扶持の足軽で、貧乏の故、剣術は自己流で、学問に付けなかった。武市の先祖は伊予の出で、以蔵の先祖はその武市家の家来であったことから、武市半平太の道場に入門する。
 以蔵は武市半平太の命で京で暗殺剣を振るう。半平太は自分には理論と正義があるが、以蔵はただの殺人者で、我が下僕、先祖は我が祖の家来で、無学な者として扱う。
 容堂の安政の大獄からの政権復帰で、土佐勤王党は壊滅となり、武市も以蔵も捕われた。以蔵の白状をおそれた武市は以蔵に毒薬入りの弁当を差し入れたが、毒薬の効果はなく失敗する。再び手紙と毒薬を差し入れるが、以蔵は「ここまで自分の都合で吾を利用し支配するのか」と作者はその心境を語らしめて、終に首領・武市に牙を剥いて自白したことから、勤王党員は次々と刑罰を受けた。
 以蔵も梟首の刑を受け、雁切河原の獄門台に晒された。享年28歳。
 
 史実の点と点を小説家は繋ぐのだが、「龍馬伝」でも武市の以蔵に対する扱いが、これと似たように表現されていて哀れを誘った。

 時代の流れに多くの若者が翻弄されたことを思えば、以蔵の墓を訪れる人々の想いが伝わって来るようである。

HN;バンダナ


















 

小浜真英氏(瓦職人)作のシーサー その6 大きな牙をむいているシーサー

大きな牙をむいているシーサー

 

 

大きな牙をむいているシーサーですが、その姿になんとも愛嬌を感じます。

 

 

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小浜真英氏(瓦職人)作のシーサー  その5 にらみを利かすシーサー

にらみを利かすシーサー

 

 

にらみを利かすシーサーの躍動感・迫力を感じます

 

 

 

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山本鮮魚カタログ.jpg今年の4月29日念願の店舗をもてました!久礼八幡宮の公園前青いテントが目印です。

こだわりの鮮魚はもちろん完全ワラ焼き鰹タタキや自家製ウツボのタタキ自慢の品々

取り揃えています!!近くにお立ち寄りの際は是非、気軽に声かけてください

待っちょります

 

 


瓦職人、小浜真英 氏作のシーサー その4 

毬を持つシーサー

私が持っているガイドブックでも、お父さん(小浜真英氏)が作ったシーサーが紹介されておりました。

 

 

 

毬を持つシーサー

魔除けとして家を守るシーサーの数は、竹富島では100を超えると言う。個性あふれるシーサーを観察して歩くのも楽しい。

小浜真英 氏作のシーサー は、晩年になるほど個性にあふれて、深みのある表情がなんともいえない味をかもし出しているように思われます。

 

瓦職人、小浜真英 氏作のシーサー に関する記事

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瓦職人、小浜真英 氏作のシーサー その3

 魚をくわえたシーサー

 

 魚をくわえたシーサーとして、良く紹介されます。

 

 

 

 

出典:ウイッキペディア  シーサー

シーサーは、沖縄県などでみられる伝説の獣の像。建物の門や屋根、村落の高台などに据え付けられ、家や人、村に災いをもたらす悪霊を追い払う魔除けの意味を持つ。

名前は「獅子(しし)」を沖縄方言で発音したものである。八重山諸島ではシーシーともいう。

スフィンクスや中国の石獅(石獅子、en:Imperial guardian lions参照)、日本本土の狛犬などと同じく、源流は古代オリエントライオンもしくはと伝えられている。

元々は単体で設置されていたものだが、おそらくは本土の狛犬の様式の影響を受けて、阿吽像一対で置かれることが多くなった。阿吽の違いにより雌雄の別があり、各々役割があるとする説もあるが、研究文献等にそのような記述は見られず、近年になって創作された俗説である可能性が強い。

各戸の屋根の上に置かれるようになったのは、庶民に瓦葺きが許されるようになった明治以降である。それまでは、寺社や城の門、御獄(うたき)、貴族の墓陵、村落の出入り口等に設置されるのみだった。材質は石や陶器(素焼きまたは本焼き)、漆喰(しっくい)によるのが基本だが、近年ではコンクリート青銅製のものもある。

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・42霊場 仏木寺(ぶつもくじ)

 

 (四国42霊場 仏木寺(ぶつもくじ)09/11/27) 

 

 

 

 

 

 

 (四国42霊場 仏木寺(ぶつもくじ)09/11/27)

 

出典:四国ネット・・・42霊場 仏木寺(ぶつもくじ)

仁王門があり、石段を登ると鐘楼、左の奥まったところに本堂、大師堂がある。本堂左手にはかつての通夜堂がある。

 縁起によれば、大同二年、この地を巡錫していた大師は、牛をひいていた老翁に出会いすすめられるままにこの牛にのった。すると近くの楠の杖に一つの宝珠がかかっているのを発見した。

この宝珠は大師が唐におられるとき、有縁の地を選ばれるようにと、三鈷とともに東へ向けて投げた宝珠であった。大師はこの地こそ霊地と直感し、楠で大日如来を刻み、その尊像のマユの間に宝珠を納めて本尊とし、堂宇を建立して一 山仏木寺とした。

その後牛馬安全の守り仏むして信仰をあつめた。宗尊親王の護持仏や西園寺氏の祈祷ならびに菩提所となったこともあり、慶安以降は藩主の保護によって伽藍は再建された。 

   栄ちゃんの四国霊場巡り に関するページ 

四国八十八箇所(徳島・愛媛・香川)

四国八十八箇所(高知県内) 

栄ちゃんワールド・・・大豊町・梶ケ森麓の"ミニ植物園" に関するページ 

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瓦職人、小浜真英 氏作のシーサー その2

かってお父さんと瓦職人をしていた息子・小浜健作氏は、今は大きなホテルの料理人として働いています。

今回の石垣島訪問で、兄の娘婿・小浜純次氏と一緒に弟・健作氏の話を聞き、お父さんと一緒に瓦職人として活躍していた時のことを聞く事が出来ました。

 

話を聞いた翌日、竹富島にお父さん作のシーサーの写真を取りに行く事を話すと、弟・健作氏が連絡を取ってくれて、お父さんと一緒に働いていて、今も竹富島でお土産用の焼き物などをしていると言う木村泰司氏が急きょ案内していただける事になりました。

石垣市の離島ターミナルからフェリーがおおよそ30分間隔で出ており、竹富島へは約10分で着きます。

港で待っていてくださった木村さんの車で、町並みまで運んで戴きました。

車の中から、瓦職人として使っていたコテを見せてくれました。相当使い込んでいることが一目で分かりました。

ブーゲンビリアなどの咲き誇る「民宿 松竹荘」には、初期に作られていたもの(左)と新しく作られたシーサーの2対が、歴史を感じさせていました。

 

 

 

 石垣市内のお土産屋さんに吊されていました。

 

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瓦職人、小浜真英氏とその息子・健作氏

 

2011年11月から12月にかけての10日間、3度目の石垣島訪問をしました。

娘が嫁いでおり、3人目の孫(男児)の誕生と言う事で、妻と一緒に出かけました。

娘婿は、石垣市内の大きなホテルの料理長をしていましたが、独立して今年の5月に「琉球割烹ダイニング 司」をオープンしており、これも訪問する楽しみの一つでした。

これまで2回 石垣島に行った時は、娘夫婦が石垣島や西表島・竹富島を案内してくれており、特に竹富島は印象に残り、ブログにも訪問記を書きました。

沖縄・石垣島に行ってきました・・・その1  (2008年11月26日 ) 

沖縄・竹富島へ行ってきました・・・その2  町並み保存

沖縄・竹富島へ行ってきました・・・その3  今も続く高知との交流

娘婿のお父さんは、今は高齢(76歳)で病院で介護のお世話になっておりますが、

かっては瓦職人として活躍し、竹富島の赤瓦の屋根にあるシーサーのかなりの部分が、お父さん(小浜真英氏)が作った物であることを知りました。

前回、竹富島の「町並み」を案内してくれた時、娘婿はお父さん(小浜真英氏)が作ったシーサーをほとんど知っており、教えてくれました。

小浜真英氏の息子・健作氏(左)と兄の娘婿・純次氏(右)

かってお父さんと瓦職人をしていた息子・健作氏は、今は大きなホテルの料理人として働いています。

今回の石垣島訪問で、兄の娘婿・純次氏と一緒に弟・健作氏の話を聞き、お父さんと一緒に瓦職人として活躍していた時のことを聞く事が出来ました。

話を聞いた翌日、竹富島にお父さん作のシーサーの写真を取りに行く事を話すと、弟・健作氏が連絡を取ってくれて、お父さんと一緒に働いていて、今も竹富島でお土産用の焼き物などをしていると言う木村泰司氏が急きょ案内していただける事になりました。

 

 

毎日新聞 日曜くらぶ 2003年(平成15年)5月25日(日曜日) の特集記事より

赤瓦をふく作業の手を休め、語らう小浜真英さん(右)、健作さん親子。黄土色の漆喰は、乾くと白い色に変わる

 

 弟・健作氏が大切に保存していた当時の、毎日新聞 日曜くらぶ 2003年(平成15年)5月25日(日曜日) の特集記事と、

下の2枚の写真を見せてくれました。

 

 

私が持っているガイドブックでも、お父さん(小浜真英氏)が作ったシーサーが紹介されておりました。 

 

 

 

 

 

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栄ちゃんの四国霊場巡り・・・41霊場 龍光寺(りゅうこうじ)

 

 (四国41霊場 龍光寺(りゅうこうじ)09/11/27) 

 

 

 (四国41霊場 龍光寺(りゅうこうじ)09/11/27)

 

 

出典:四国ネット・・・41霊場 龍光寺(りゅうこうじ)

 南伊予路をたどる。山の傾斜は急で海へせり出し、海面はおだやかで大小の島が浮び美しい。宇和島から約十㌔ほどで三間平野に出る。寺は三間平野を見下す小高い山の上にあり、山上に諸堂が建ち並んでいる。

縁起によれば、大同二年二月初午の日、弘法大師がこの地へ巡錫すると、白髪の老翁に導かれた。そこで大師はこの地が霊場であることを悟り、その尊像を刻み、堂宇を建てて安置し、稲荷山龍光寺と号し、四国霊場の総鎮守とされた。

 その後人々から稲荷寺として信仰され、明治の廃仏毀釈で旧本堂は稲荷社となり、これまで稲荷の本地仏であった十一面観世音が本尊となった。


 いまも参道入口に鳥居があり、正面石段を登りつめたところが稲荷社で、本堂は参道途中の左手に、大師堂は右手にある。地元の人からは「三間の稲荷さん」と親しまれ、商売繁昌や開運出世を願う人が多いという。

 

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皆様 

長宗我部ファンクラブ事務局です。
いよいよ師走。早いもので、今年も残すところ1ヶ月をきりました。
皆様いかがお過ごしでしょう。
比較的暖かい日が多い気がする今年の冬。
寒さはまだまだこれからですが、体調には充分お気をつけてお過ごし
くださいね。

今月も長宗我部ファンクラブ通信をよろしくお願いします☆

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃(1)高知城なごみの灯りが始まりました
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
冬の楽しみのひとつとしてルミナリエ(ライトアップ)をあげる方も
いらっしゃるでしょう。
高知城では「2011高知城なごみの灯り」が始まっています。
(12月3日~11日まで)
三の丸では飲食やステージが、二の丸ではキャンドルライトアップが行われる
そうです。
ステージイベントも開催されるそうなので、ぜひお出かけしてみては
いかがでしょう。
ステージイベントの詳しいスケジュールはこちら
高知城なごみの灯り 『ステージスケジュール』 | 高知城

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃(2)12月10日(土)源希義公の慰霊祭が行われます
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
12月10日(土)午前11時より、源希義(みなもとのまれよし)公の
慰霊祭が高知市介良の希義公墓前にて執り行われます。

源希義公は源頼朝の弟。
土佐七雄の一人、吉良氏の祖と言われている方です。
関心のある方はぜひ一度ご参加ください。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃(3)11月23日、長宗我部元親供養祭が執り行われました
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
毎年恒例の長宗我部元親供養祭が今年も高知市長浜秦神社で執り行われました。
全国各地から70名ほどの参加者があり、元親人気の高まりを伺わせました。

また、供養祭後に開かれた「長宗我部トーキング」(主催長宗我部ファンクラブ)
にも50名以上の方が参加。長宗我部氏のどこに魅力を感じるか、又、
長宗我部氏を大河ドラマにするにはどうすればよいかなどを2時間以上に渡り
熱く語り合いました。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃(4)12月9日(金)第25回 長宗我部を語る会 開催!
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
毎月1回開催している「長宗我部を語る会」。
今月も第2金曜の明日9日(金)、ゆうあい工房にて19時より
開催します。 
(ゆうあい工房は高知市はりまや町3丁目20番1号 北街ビル2階。
1階に不動産屋さんのあるビルです)

小浜亭馬楽さんによる講談もあります。ぜひ生の講談をお楽しみください♪
参加費はお一人様300円です。(1ドリンク代含む)
お誘い合わせの上お気軽にお越しください。(近隣にコインパーキングあり)

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃(5)長宗我部紀行23-小浜亭馬楽- 
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
小浜亭馬楽さんによる長宗我部関連史跡のご紹介です。

長宗我部紀行23
毘沙門堂にて信親を想う
 
南国市岡豊町滝本にある毘沙門の滝
土佐統一の後元親もここを訪れ
蜷川道標に歌を詠ませたりしている
 
その4年後14歳の信親は
ここに毘沙門堂を建立した
 
滝に向かって池の右脇の道を行くと
右手に見える朱塗りのお堂
 
毘沙門天は軍神だから
時々岡豊から馬を駆けさせ
ここで武運長久を祈ったか
時には夜通し籠ったりもしただろう
 
赤い橋からは毘沙門の滝がよく見える
二段に分かれた見事な滝だ
ここで滝に打たれた事もあるかもしれない
 
信親は元親の期待を一身に背負い
文武両道の師匠から教えを受けて
戦国最高の武将となるべく育てられた
 
将来を嘱望されていたのに
22歳で死んでしまったのは
余りにも惜しい事だった
それが長宗我部の運命も変えた
 
信親を慕う人にはぜひここに来てほしい
ここは信親を想うにはよい場所だ
まさに聖地なのだから

==編集後記==

今月のファンクラブ通信、いかがでしたか。
今年のクリスマスは23日が金曜日で24、25と三連休。
お出かけやパーティなど予定されている方もいらっしゃるでしょう。
各地のイルミネーションなど見物に出掛けるのも楽しそうですね。

また南国市の歴史民俗資料館では12月19日から26日まで臨時休館、
12月27日から1月1日まではお休みだそうです。
新年は2日午前9時から開館。お茶会や鍋振る舞い、
昔あそび体験コーナー、長宗我部新資料の初公開も行われるそうです。
こちらもぜひご注目ください。

ではまた、来月お会いいたしましょう!
チャオチャオ!

■ ご意見、ご感想などはお気軽にどうぞ!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
発行    :長宗我部ファンクラブ事務局
お問合せ  :dokodemodoa0328@yahoo.co.jp

 

長宗我部ファンクラブ事務局 の記事

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「鏡川早朝ウォーキング」に参加しませんか! 

 

毎月、第2日曜日 朝7時 鏡川みどりの広場から スタートしています 

 

  

毎月の定例ウォーキングは、自主参加・自己責任方式で行っており、参加費も無料です。(励みになればと、参加者には参加スタンプカードを発行しています)

毎月の定例ウォーキングの実施を通して、参加者の健康増進と交流促進、"平成の名水百選"に選ばれた鏡川の環境保全を図ることを目的にしています。

 

 

 IMG_0596.jpg

 2011年1月9日(日)、「鏡川早朝ウォーキング」出発式のあと、みどりの広場をスタートする参加者。代表を務めていただいた故 松尾徹人・元高知市長は、坂本龍馬の服装で参加して雰囲気を盛り上げて下さいました。その後も何度か参加されて、月の瀬橋の上から北山に雪が降っている風景や築屋敷の満開の桜並木などを共に楽しまれました。

 

 

◎「鏡川早朝ウォーキング」、これまでの出発時間を変更し、通年の朝7時スタートにしました。

 

 

 

毎月テーマを設定して、希望者が参加するオプションコースを併設し、楽しみながら参加者を増やしていくことに!

 

(「鏡川早朝ウォーキング」の役員で、観光ガイドボランティアの皆さんが案内役を担当して戴けます。)

 

12月11日() のオプションコース<歴史を訪ねる>

通常コース+後藤象二郎と板垣退助の生誕地 

(日の出は6時59分)


1月8日() のオプションコース<歴史を訪ねる>

みどりの広場から山内家下屋敷、山内神社参拝
  大堤、水丁場から5丁目の思案橋番所、石立八幡宮を

参拝してみどりの広場で解散 (日の出は7時12分)

 


2月12日() のオプションコース<歴史を訪ねる+梅>

通常コース+潮江天満宮の梅に纏わる宮司さんの話しを20分位(今年は東日本大震災の翌々日の為企画を中止した) (日の出は6時54分) 



 

鏡川の様々な"顔"をスポットした、写真カード  好評販売中です!

「鏡川写楽の会」の皆さんが、鏡川の様々な"顔"をスポットした、写真カード(ポストカード)

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このちょっと変わった新月橋は、高知市出身の漫画家・はらたいら氏がデザインした・・・などの説明が満載!

 

 

 

「鏡川早朝ウォーキング」ファンクラブ

事務局ニュースNo.3  2011.11.13

 

事務局・連絡先

    嶋本 勇雄:090-5141-8669

             坂本 耕平:090-2781-7348

ブログ:鏡川早朝ウォーキング (検索)

http://blog.goo.ne.jp/kagamigawafc

 


DSCF2215.JPG 12月4日、南国市久礼田の体育館にて、「第20回久礼田地区芸能文化祭」がおこなわれました。

ステージでの

・ダンス

・寸劇

・カラオケ

のほか、展示部門では幼稚園児や小学生の作品が展示されていました。

 

DSCF2167.JPG

 

 また、市展や県展で入賞されるような本格的な芸術作品も数多く展示されていました。

 最後は4人に一人は当たるというお楽しみ抽選会が開かれ、大盛り上がりの文化祭でした。


2011.12月 別府山ネット張り(広葉樹の森づくり準備活動)チラシ1.jpg

日 時:平成23年12月10日(土)
     ※要事前申込詳細は  チラシ.pdf をご覧ください。
場 所:香美市物部町別府 別府・物部川ふれあいの森(別府山契約国有林)
集 合:① 野市町立運動公園事務所前に6:50 ⇒ 出発
   小型バス(参加者多数の場合は、+自家用車乗り合わせ)で現地へ
   ② 高知工科大西入口バス停前に7:05 ⇒ 工科大生ほか乗車 ⇒ 出発
現地到着:9:30頃
活動内容:
・あいさつ、安全注意と作業体験内容の概略説明
・班分け(右回り班・左回り班・※新たな広葉樹の森づくり活動班)※若干名
・作業時間:10:00~適宜休憩~12:00 ~昼 食~ 13:00~適宜休憩~14:30~移動・後片づけ
   ~ 集合・終わりの挨拶 ~ 帰路:15:00頃 ...... 工科大着17:20頃、野市着17:40頃
※持ち物・服装ほか
・山は傾斜(勾配)がありますので、滑らない靴・長袖長ズボン必須。持ち物は手袋・弁当・飲み水・着替え・防寒着等です。 資材・道具・ヘルメットなどはこちらで構えます。
注意事項(心掛け)
 「怪我をしない!」をモットーに、無理をせず作業して下さい。
※ 集合場所の位置は、県立のいち動物公園入口手前(左折する所)の古い2階建て家屋です。

大きな地図で見る


84大工の家PR.jpg

場所: http://yahoo.jp/HtZq7Y  

パンフレット: 84大工の家PR.pdf


栄ちゃんの四国霊場巡り・・・40霊場 観自在寺(かんじざいじ) 

 (四国40霊場 観自在寺(かんじざいじ)09/11/27)

 

 

 

 

 (四国40霊場 観自在寺(かんじざいじ)09/11/27)

 

出典:四国ネット・・・40霊場 観自在寺(かんじざいじ)

一本松、城辺から昔青蓮院の荘園だったという御荘の町へ。平城はこの町中にあり、観自在寺がある。
 大同二年、平城天皇の勅願所として弘法大師によって開創され、後に平城天皇は落髪し弘仁十二年には弘法大師から潅頂を授けられた。大師は一木に本尊薬師如来、脇仏阿弥陀如来、十一面観世音の三体を刻まれ、残りの霊木で舟形の南無阿弥陀仏の名号を刻まれた。この宝判は、大師が諸人の病根を除くことを祈願したものといわれ、現在もこの宝判でおかげをうけた人が多く、唖や盲目や心臓病が治ったという。昔は七堂伽藍が整い、四十八坊の末寺を有したが、その後火災で灰燼に帰し、延宝六年(一六七八)に再建されたが、昭和三十四年の失火で本堂が焼失し、現存の本堂はその後の建立。平城天皇の御陵に五輪塔があり「春の夜の籠人ゆかし堂のすみ」と記した芭蕉の句碑がある。 

  栄ちゃんの四国霊場巡り に関するページ 

四国八十八箇所(徳島・愛媛・香川)

四国八十八箇所(高知県内) 

栄ちゃんワールド・・・大豊町・梶ケ森麓の"ミニ植物園" に関するページ 

栄ちゃんワールド・・・我が故郷 大豊町・梶ケ森周辺の風景 のページ

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