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無重力下で脳ミソは何を考えるだろうか③
                                       情報プラットフォーム、No.292、1月号、2012、掲載



  無重力下では浮遊することを利用して、液体からの真球の結晶を得ようとするもの、容器なしの無接触溶融により汚染のない結晶を得ようとするも の、液滴や気泡の動的挙動の研究等がある。

無重力下では熱対流がないために別のマランゴニ対流と呼ばれる現象が顕在化してくる。濃度差や温度差に よって液体の表面張力が異なることから界面や表面と内部に対流が生ずるのである。実験の成否は容器の材質に大きく依存する。


  素人にわかりやすい提案は、どちらかというとライフサイエンス実験の方に多いように思える。生物の持っている体内時計が宇宙ではどうなるか、 細胞の電気泳動法による分離、などがある。蜘蛛がどんな巣を張るかという子供の提案はすでに試みられている。

宇宙酔いなど生理的な現象に対して人 間はすぐに適応して平常に戻るが、骨も中のカルシウムは減少しつづけるという。寝たきり老人と同じ状況と思われる。将来の宇宙旅行にとって解決し ておかなければならない問題である。


  無重力下の実験を考えるとき注意すべきことを2、3述べておきたい。できればon-off操作程度で実験操作がやさしく簡単であること、簡単 な操作でも所期の目的の通りに成功に導くための装置・サンプルアセンブリーに工夫すること、万一の場合でも人体に危険を及ぼす可能性の少ない物質 を選ぶこと、装置・試料の総重量をできるだけ軽くすること、エネルギー消費が少ないことなどである。


  いずれにしても巨額の費用を賄えるほど優れたものが現在つくれるとは思えないのだから、すぐに役に立つ材料の製造を目標にして無重力下の実験 を考えることは得策ではない。無重力下で生ずるさまざまな現象を正確に把握し、物理的・化学的な考察を可能にするような基礎的な地道な提案を尊重 することが、回り道ではあるが近道ではないだろうか。


  結論は、残念ながら、重力下に置いた2次元的思考が中心の脳ミソではあまり良い考えは出てこないだろうということである。日常我々がなにげな く使っている動詞は縮退することを念頭に置くことも役に立つだろう。逆立ちして考えるのも発想の転換の一方法かも知れない。望ましいことは、脳ミ ソを無重力下に置いて考え直すことではないだろうか。


  また、ゆとりと遊びの心がユニークな発想の助けになると思われる。俳人や歌人をスペーシシャトルに乗せて日本文学の代表的表現形態である俳句 や和歌を詠んでもらうのはどうだろう。宇宙と地上でやり取りする連歌はどうだろう。


「地球は青かった」よりも素晴らしい表現がでてくることが期待 できる。このとき季題はどうなるだろうか。どんな動詞を使うだろうか。また、秋の夜長に決められた時間に人工の流れ星をスペースシャトルからつく り、日本中で鍵屋・玉屋と楽しむのはどうだろうと、酒のさかなとして会う人ごとに話している。

もちろん、スポンサーを捜すことはそれほど困難では ないだろう。大部分の人は面白いと言ってくれるが、「それは難しいだろう」と現実的になる人が多い中で、あるグラフィックデザイナーの反応が最高 であった。彼の答は「それは打ち上げ花火ではなくて、打ち下ろし花火ですね」であった。(完)

-------

 これらの発想は高知県宇宙利用推進研究会(てんくろうの会)に引き継がれている。皆さんの頭が柔らかくなったところで、今年はさらに楽しい初夢を創り出せないものか。

 

ご感想、ご意見、耳寄りな情報をお聞かせ下さい。
 

鈴木朝夫(すずき ともお)
718-0054 
高知県香美市土佐山田町植718
0887-52-5154
、携帯 090-3461-6571  
s-tomoo@diary.ocn.ne.jp   

  

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

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無重力下で脳ミソは何を考えるだろうか②
                                   情報プラットフォーム、No.291、12月号、2011、掲載




 立体の構造物を平面の上に記述するのが製図であるが、図面を見てその実物を
理解するには訓練が必要である。複雑に立体交差したインターチェンジでは方向
感覚を失うことが多い。

地図上では目的地は右でも、分岐点では左に行かなければならないこともある。残念ながら脳ミソの方は重力の影響を受けて2 次元的な状態にあるようである。

 
 宇宙船内では上下の概念は存在しないが、それでも上下の方向は仮にこうして置くとはっきり分かるような造作や景色になっていないと安心感が得ら れないという。

観念的な天井と床は作っておく必要がある。室内に空気の流れを作り、方向の基準とすることも必要かも知れない。宇宙船のキャビン内 のベッドの配置にもこの点を配慮する必要があるだろう。

脳ミソの活動にとっては基準となる垂直線、あるいは水平線の設定は必要であり、そのように 慣らされているのであろう。いったん慣らされた固定観念を取り除くことは大変むつかしい。

2次元でも同じような例を示す。普通は直交座標が脳ミソ に固定されているらしい。
放射状と円弧状の道路のアムステルダムで、勘違いをして道に迷ったことがある。


 ベットに寝る、横になるの動詞は宇宙船内では意味がない。ベルトで固定しなければならないからである。英語の"go to bed"は宇宙船内でもそのまま使えるだろう。

ところで、四十八手がどのようなものかはよく知らないので正確に数えてないが、上下がなければ少なくとも二 十四手に縮退するはずである。いくつに縮退するか、新しい手はないかは宇宙空間に将来出て行くであろう人類にとって重要な問題である。

スポーツも いろいろ考えておくとよい。テニスや卓球のようなネットのある球技、サッカーやラグビーのようなゴールのある球技、相撲やボクシングのような格闘 技、どのような用具とルールにすればよいか、壁に向かって球を打つスカッシュは無重力下のスポーツの原型かも知れない。

立体玉突きは面白くないだ ろう。押しや引きやマッセは存在せず、すべてカーブやシュートに縮退し、またフリクションが少なく、なかなか減速しないと思われる。


 さて、アメリカやECやロシヤではすでにかなりの宇宙実験が行われ、それらの結果の報告も出されている。チャレンジャーの事故で遅れてはいる が、我が国でもFMPT(第1回材料製造実験)として計画が進行中である。これらの材料実験を眺めてみたとき、気体・液体が関与するものが大部分 であることに気がつく。


固体での状態変化が少ないことは当然予想されることであろう。しかし、固体の中でも粉体の挙動を見ようという提案はないよ うに思う。これら内外の提案の中で本当にユニークな無重力下での材料実験はあるだろうか。

誰でも考えつくことばかり、というのが率直な感想である ことは否定できない。なるほど、これは面白いと皆が賛成してくれそうな、そういう提案は考えても考えても出てこない。残念である。自棄になり逆立 ちして考えるとどうなるか、などと考える。


 ここで各種の提案を並べてみよう。当然のことながら無重力下では比重差を感
じないことを利用した提案が多い。

比重の小さい物質とそれの大きい 物質が均質に混合した複合材料の製造研究、重力偏析のない状態での2液相分離傾向を持つ液体の挙動の研究、比重差によって生ずる熱対流のないこと を利用した欠陥の少ない単結晶の製造研究や液体間の拡散現象の研究等である。無静圧であり、自重で潰れたり変形したりしないことを利用した提案も 多い。(つづく)

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鈴木朝夫(すずき ともお)
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無重力下で脳ミソは何を考えるだろうか

                        情報プラットフォーム、No.29011月号、2011、掲載

 四半世紀前に考えたこと(BOUNDARY8月号(1987)、p64~p66.、コンパス社に
掲載)3回に分けてを再禄する。今も色褪せ ていない様々な提案を楽しんで頂
きたい。
-------

 

 居間のソファーに座って、珈琲を飲みながら、テレビを見る。テレビの上には
フランス人形が、テレビは台の上に、テレビ台は床に置いてある。床 の上の
テーブルの上には珈琲の下皿やスプーンや夕刊が置いてある。本箱の桟の上に
乗った棚には本が置いてある。本箱のガラス戸は引き戸になってい る。壁には
ゴッホの絵のコピーやカレンダーが掛けてある。部屋の天井には照明器具が吊っ
てある。もちろん手に持ったカップの中には液体の珈琲が 入っている。

 

 このような情景は無重力下で実現することは不可能である。置く、掛ける、吊
る、乗る等の物の存在状態を示すために日常よく使う動詞は無重力下 では意味
をなくしてしまう。

宇宙船の中はヨットのキャビンの中と似ている。すべてのも
のを置くのではなく、固定しなければならない。置物・掛軸は ない。朝起きて
歯を磨くとき、歯磨きのチューブとその蓋はそのあたりに仮に置く。定期券、財
布、手帳、ハンカチ、鍵など出勤まえにテーブルの上に 置いて忘れ物の点検を
する。

日常、当り前にやっていることが宇宙船のなかでは大問題となる。搭乗科
学者が試料をカプセルから取り出し、装置に挿入 するような実験操作はそれと
して、空になったカプセルを、そこら辺に置くというわけにはいかない。

 

 子供の頃、鉢の中の金魚を眺めながら、金魚に生まれなくて良かったと思っ
た。なぜならば自分の、また他人(他魚)のうんちの中を泳ぎ回ること になるか
らである。母にそう話したら「人間だって似たようなものよ。オナラはそれと同
じでしょ。それは平気なの。」と言われて返答に困ったことを 覚えている。

 

 宇宙飛行士の浮遊訓練のシミュレーションとして水中動作が利用されているよ
うに、無重力下では金魚と同じ状況になる。宇宙船内では実際にこの ようなひ
どい事にならないために、トイレやシャワーにさまざまな工夫がなされている。
カップの珈琲を宇宙船で飲むことはできない。固形物以外のす べての食料は
チューブ入りでなければならない。

 

 縄張りとは面の上に引かれた境界線に囲まれた範囲であり、平面的なイメージ
が強い。

土地所有者には採掘権や地上権がその土地に付随して原則的 に認めら
れるが、地球の中心まで、宇宙の彼方までの権利はない。

牛や羊の放牧場は柵があるだけである。柵は動物が跳び越すことができない程度の高 さでよい。無重力下での囲い込みは線(2次元境界)ではなく、面(3次元境界)で行う必要がある。跳ぶ、飛ぶ、揚がる、乗り越える等のような、面 を離れた移動を記述する
動詞はその本来の意味を失ってしまう。

 

 タイムトンネルが可能か否かはさておき、われわれは時間軸の行き来はできな
いが、ともかくも4次元の時空間に住んでいると信じている。

本当に そうだろうか。結晶構造を立体感を持たせて紙の上に書くことは何とか出来るが、転位のまわりの原子配列を画いて転位を理解しようとしても、労多く して役に立つとは思えない。

3元状態図(平面上に3つの組成を示す三角形、縦軸に温度を示す立体表現の図)の講義ではもっぱら立体感を養ってもら うために時間が使われる。立体感を持つことは大変むつかしい。(つづく)

 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

鈴木朝夫の講演・出版の記録


好きなもの テニス川柳 磁場に鉄

                                                             情報プラットフォーム、No.28910月号、2011、掲載

 

 日本鉄鋼協会の月刊誌「ふぇらむ」の別刷が入っている封書が届いた。「拙文を載せましたので、お時間のある節にご笑覧下さい。」とのメモが挟んである。

2011年の西山賞(学会賞)受賞記念特別講演であり、タイトルは「育まれ 鉄と歩みし 半世紀」、著者は浅井滋生氏(名古屋大学名誉教授)である。先生は名屋大学に鉄鋼工学科が新設された1962年に同学科に入学しており、その後、溶融金属に及ぼす電磁場の機能を中心に、材料研究を精力的に進め、日本の鉄鋼業界の進展と共に学術的基盤を固めて来られた。正に、受賞に相応しいタイトルであり、ユーモアに満ちあふれている。


 
驚いたことに、文章の終わりの方で私の名前が出てくる。何故? 電磁場と材料製造・組織制御を結びつけた領域は学会でも認知されず、分断されていた時代である。講演大会発表のグループ分けを取り仕切る分科会の主査を、私が仰せつかっていたときの記述である。「強引に、似たものの講演を集めて、電磁気冶金のセッション(発表グループ)を作ったが、時の分科会主査であった鈴木朝夫先生・・・は見て見ぬふりをして下さった。」とある。記憶がはっ きりせず、見る目があったのかも不明だが、良いことをしたようである。


この頃、春と秋の講演大会のプログラム編成の後には、テニス好きが残り、翌日コートで汗を流した。積極的にテニスの企画を担当したのは浅井先生であり、また皆はそれを心待ちにした。川柳を笑読いただければと、「コートでは仕事で見せぬ エース打ち」と腕を披露し、「顔にしわ 増やして脳は すべすべに」と謙遜し、「歳かなあ 妻という字を 毒と読み」と愛妻ぶりを示している。また、毎年頂く年賀状の川柳は楽しみでもある。


浅井先生は2007年に、科学技術振興機構(JST)イノベーションプラザ東海 館長に就任された。頂いたご挨拶の中で、高知で地域起こしを手がけている私の経験を聞かせて欲しいとのご要望である。県別総生産が3位の愛知県と46位の 高知県であり、比較にも参考にもならない。トヨタの工場見学旅行の感想を記した拙文{セイタカアワダチソウ、花見の旅}(本誌 No.230,11(2006))などをお送りしたと記憶している。「高知のこの花の美しさは愛知まで続いているが、愛知の繁栄は高知までは伝わって来ない。」のような趣旨である。でも高知県は、人口あたりの喫茶店数で、愛知県や岐阜県と拮抗している。なお、JSTイノベーションサテライト高知は2005年に高知工科大学の一角に設置されている。


 
全国16ヶ所に配置されているJSTプラザやJSTサテライトの目的は、「大学などのシーズを発掘し、企業などのニーズにつなぎ、イノベーションに結び付ける。」ことである。イノベーションには、技術革新だけではなく、経営革新なども含むと考えるべきであろう。H19年度の事業評価で全国16の中 でトップに立ったと聞いている。ユーモア一杯の浅井先生の地道な活動の賜であり、かつ、名古屋という強大な経済圏の中での成果であろう。


今、日本鉄鋼協会の月刊誌「ふぇらむ」の2つの別刷を比較する。2000年の西山賞受賞記念特別講演のタイトルは「有用な機能の発現は相安定性の低さから -マルエージ鋼、金属間化合物、そして繊維強化複合材料-」である。私の付けたタイトルは、固く長すぎて、面白くもない。浅井先生のタイトルは微 笑ましく、創り出した成果を想像させる。趣味がテニスだけでは足りず、川柳も嗜むべきであったと悔やんでいる。このタイトルは寺田寅彦の和歌の援用だが、下の句をどのようにするかは悩ましい。なお蛇足であるが、1943年生の浅井先生と1932年生の私との年齢差は11才、西山賞受賞にも 11年の差がある。


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父の叙勲、恩師の叙勲、そして

                                                                  情報プラットフォーム、No.2889月号、2011、掲載

 

  父 鈴木英三郎(1903,8,8~1986,5,15)1973年の秋に勲三等旭日中綬章の叙勲を受けた。刑務官一筋を全うしたが、彼の人生は、暴動、脱 走、虐待、戦犯、汚職などのキーワードが並ぶ波乱に満ちたものである。{破獄}(本誌、No.2027(2004))にその一端を記した。

  勲二等以上の伝達式は宮中に於いて行われるが、勲三等からの伝達式はそれぞれの省庁で行われる。恒例に従って、父は母を伴って伝達式に出席した。帰宅した 母に感想を聞いた。「最前列に座っている人たちは、うちのお父さんも含めて偉そうな顔をしている。『何故、おれが勲三等なのだ』と云わんばかりの不満気な顔さえしている。」、「それに比べると、後ろの方に座っている勲五等、勲六等の人たちを見て感動した。長年連れ添った老妻と涙で抱き合っ ている。『有り難う、お前のお陰だよ。』の連発なの。叙勲はこのような人にこそ大きな意味があると思うの。お父さんを叙勲する必要などないわ よ。」とのこと。官僚として定年を迎えて、当然のこととしての勲章ではなく、地道に地域に生きて、人々のために尽くしたことが認められる勲章こ そ、意味深いと母は思ったのである。

 

恩師 梅川荘吉先生(1924,1,10~  )2001年の秋に勲三等瑞宝章の叙勲を受けた。それまでに、大先輩の祝賀会に先生と共に出席する時、彼の口癖は「たかが勲章で、あの嬉しそうな顔。鈴 木。おれは勲章など欲しくもない。おれの心配はしなくても良いからな。」である。そして、最長老の乾杯の音頭では、「スピーチが10分を越えそう だな。老害の最たるもの。素晴らしい先輩と思っていたが、見込み違いだったな。耄碌(もうろく)の極みだ。」と囁くのである。梅川先生から多くの ことを学んだ。軽妙洒脱な語り口もその一つであり、{天真爛漫と傍若無人}(本誌、No.25411(2008))に書かせて頂いた。

  航空工学に先生は憧れていたが、東京工業大学に入学した時には、戦争に負けて、その領域の教育・研究は禁止されていた。そして彼は金属工学科に進んだ。し かし、夢を捨てることはなかった。これからの航空機材料となる軽量複合材料の研究を行ったのである。最終的には宇宙開発に関わり、無重力下での材料実験へと進んだ。助教授として、私の研究対象は、本来の金属間化合物の研究({伊能忠敬の地図}、本誌、No.2354(2007)を参照)に加えて、当然複合材料の分野へも拡がった。退官された先生の後を継いで、毛利衛さん搭乗の日本初の宇宙材料実験を行う栄誉を担うことができた。 先生のお陰である。

  彼はビーチクラフト・ボナンザを所有している。尾翼がV字型である。髪結いの亭主はいいですねと言いながら、何度も乗せて貰った。「鈴木。タッチ・アン ド・ゴーに大島まで行こうよ。」と、駐機場になっている調布飛行場へ向かうことが多かった。

先生が70歳を過ぎたころ「鈴木。おれの叙勲はどうなっている。」、「先輩は要らないと言ってましたよ。」、「本気にするやつが何処にいる。おれは欲しいのだ。」と怒鳴られてしまった。間もなく90歳になろうとする今でも、パイロットの免許を持ち続けている。裸眼視力を自慢する度に「先輩は勉強を しなかったからですよ。」と冷やかしている。

春の叙勲は311日の東日本大震災で大きく遅れた。地震と津波、そして原発事故のテレビ映像から思い起こすのは、一面焼け野原の横浜の市街地である。父の福岡から札幌への転勤途上で横浜大空襲に遭遇した。中学1年生の時である。
今、瑞宝中綬章を前に「よいことは おかげさま」と振り返り、「生かされてある」の思いを深くしている。


 

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情報交流館ネットワーク

                                            情報プラットフォーム、No.287, 8号、2011

 


  火中の栗を拾うような形で情報交流館ネットワークの代表を引き受けた。

1999
(平成11)の発足当時には、情報交流館ネットワークには登録した加盟
団体が50近くもあり、交流館は単なる箱物ではないぞと活気に満ちていた。

小さな「森の音楽会」もそのような活動の一つであった。当時の活発な雰囲気の事例を感じて頂くために、「森の音楽会事始め」と題した拙文を「情報交流館ネットワークだより」(No.1411(2002))から抜粋する。
           ---------------
  「コミュニティー・センターの小さなホールでの、個人の家のダイニング
ルームでの、ミニコンサートを探しては聴きに行きました。アメリカに一 年間
滞在した1974年から1975年に掛けてのことです。演奏者の息遣いが聞こえるほどに近くで、音楽を聴くのは初めてでした。ハプシコードを 間近で見たり、触ったりしたのはこのようなときでした。」


  「高知にもありました。香北町の物部川のほとり、おしゃれなログハウスの
喫茶店があります。その樫尾さんご夫妻から『今度、フルートの小さな リサイ
タルをここでやります。』とお誘いを受けました。」、「土佐山田町の奥、由緒
ある旧家を利用した料理屋があります。ここは、一晩に一組の客 しか受けず、
年末には一年分の予約が入ってしまうほどの評判です。」、「お料理を戴きなが
らの小さな音楽会が年に1回ここで開かれ、4~5年も続いて居ることを知りまし
た。この地区の横山さんを中心に進めて居られると聞きました。」


  「高知工科大学は林業試験場を移転させて、建設したという経緯がありま
す。物部川の右岸、工科大の対岸に、様々な機能を統合した高知県森林総合センターがやっと出来上がりました。この中に『森の情報交流館』があります。県民に森と木の文化を知って貰うための施設です。

ある時、上のよう な関連ある方々の集まりで、この空間を利用して音楽会を開こうと盛り上がりました。子供が居ても良い、騒いでも良い、気楽な音楽会にしようとまと まりました。クラシックだけではなく、時には、ジャズも、フォークソングも、そして、野外に出て草笛やオカリナを聴くことも考えようと決まりまし た。音楽の合間に森と緑に関連ある話を聞きます。」、「今までの話題は、きのこの話、森の動物、炭の不思議、里山の話、土佐派の家などです。」


  「森の情報交流館のイベントコーナーのパソコン投影スクリーンの直ぐ上
に、『森の音楽会』と記した緑色の看板がいつも掛かっています。 19999月に
行った第2回の時のままです。今後も続けて行こうとの証とお考え下さい。
           -------------
 あれから約10年、どの団体にも老齢化の波が押し寄せ、意識のマンネリ化や組織の硬直化が進んでいる。県との関係においても情報交流館の運営方針・形態も変化し、今では指定管理制度に基づく経営に変わっている。一方で、情報交流館ネットワークの構成団体は減少傾向にあり、加盟団体は25程に減っ ている。


数の減少だけではなく、その活動も低迷して居る。指定管理を受けるための汲々とした対応になりがちであり、それをこなして仕事が終わった と思いがちである。理想の弾力性・柔軟性からはかけ離れている。


  情報交流館をバーテャル空間にも拡大し、メーリング・リストで多くの人と
広く連携を取り、自然な形での新陳代謝が進む仕組みを構築したい。予算がなくても活動できるぞとの意識と工夫を励まして行きたい。皆さんの漲る熱気で10年前の活力を取り戻したい。美味しい様々な焼き栗を楽しもう。

 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

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マテリアル・マイレージ   

             

              情報プラットフォーム、No.286, 7月号、2011

 

 


 食料の自給率が40%以下の日本、国民一人あたりのフード・マイレージが世界一の日本である。木材ならばウッド・マイレージ、石材ならばストー ン・マイ
レージであり、鉄やセメントなど建築資材も含めればマテリアル・マイレージが
対応する。「その場調達」でマイレージ(輸送コスト)を小さくすれば、環境保
護になり、地域経済にもプラスになるのだが、日本人は不足するものなら何で
も、海外から取寄せれば良いと思っている。 

 

 ヨーロッパの石積み建造物の場合、近くに石切場がある。日本でも、城壁の石材も近場での調達が多い。それでも重い石材を運ぶのは大変で、修羅 (そり)引く、浮きを付けて水中を引くなど様々な工夫が成されて来た。ギリシャのアテネで驚いたのは、全てが大理石だったことである。建造物だ けではなく、歩道のタイルも大理石である。遠くのオリーブの山々は大理石、納得である。地中海沿岸では、手近な安価な石材が大理石なのである。 


子供の頃、父親の転勤で日本中を移動した。最も長距離は福岡から札幌で、3
の旅であった。中1の時である。煤煙に顔を汚しながら、車窓からの景色や風物
の変化を飽きもせず眺める旅であった。防風林・屋敷林の風情も異なる。トンネ
ルを抜け峠を越えると、粘土の種類に応じてだろうか、家々の屋根瓦の 色が変わっている。地域の個性が感じられ、集落の様子から環境の相違が見えてくる。


丸い川石の法面、角張った山石の法面、棚田の風情も異なってい る。ストー
ン・マイレージを子供ながらに読み取っていたようである。
 中国・雲南省西部は竹の宝庫である。ミャオ族は竹に関わる文化を持ってい
る。生活用品は勿論、家の壁や屋根、さらには橋も竹である。竹の揺りか ご
で、納骨は竹筒である。


 黄土高原では横穴住居である。崖に横穴、または中庭になる穴を掘ってから横穴を作る。この地下住居ヤオトンは断熱性が高く、冬夏を問わずに快適 だそうである。中近東では日干し煉瓦で家(アドベ)を造っている。日干し煉瓦は、繊維質の補強剤を練り込んで天火で乾かしたものであり、積み上げ て壁面を作る。


木材を渡してその上に煉瓦を積む屋根、あるいはアーチ構造の屋根に積み上げている。内部は涼しく保たれ、暑く乾燥した気候に適して いる。雪の冬山での緊急避難的に作る横穴の雪洞では、急斜面が必須である。掘り出した雪の搬出に労力を取られないためである。横穴の雪洞とヤオト ンはよく似ている。アラスカのイヌイットがドーム状に積み上げる雪洞(イグルー)では、内側の床から圧雪ブロックを調達し、床を下げて行く。アド ベの日干し煉瓦と同じ発想である。いずれもその場にある土壌や氷雪を材料とする「その場調達」である。


 決壊した堤防の仮止め工事で使う土嚢は「その場調達」そのものと言える。先日の高知新聞夕刊(2011/1/12)には、工科大発の土嚢建築が 紹介されていた。少量のセメントを加えた土砂を袋詰にした土嚢を、有刺鉄線で補強する工法である。面白い発想である。トン袋(フレキシブル・コン テナー)も仮土留めとして、また鉄線の金網の蛇籠に砕石を詰めて護岸として使われる。竹の蛇籠も昔は多かった。これらの詰め物の中身、土砂・砂 利・砕石など、その殆どが「その場調達」であり、マテリアル・マイレージを小さくしている。 


環境保全で云えば、森林率84%の高知県だから、県産材を使ってウッド・マイ
レージを小さくしなければならない。土佐の森からの木の家を建て、それを長持ちさせて、CO2を貯蓄したい。さらに、持続可能な森に仕立て上げて、CO2を定期預金に廻そう。

 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

鈴木朝夫の講演・出版の記録


なぜ四国に関東の三波川があるのか

                                                情報プラットフォーム、No.2834月号、2011

 

 


 山田から、国道195号線と土讃線を陸橋で越える農免道路を南へ、なはり線の高架が近づくと道路左側に、中国四国農政局 高知三波川帯農地保全事業所の立て札がある。

 

登山で秩父山地を何度も訪れたことがあり、御荷鉾(みかぼ)山、三波川などの地名は記憶に残っている。だから 「四国には別な三波川があるのだろうか」と不思議に思えたのである。


三波川は、秩父の利根川支流の名称であり、また集落の名前でもあること、同じ地質が四国にも続いていること、崩壊を起こしやすい地層であること、そのための農地保全の対策が必要なことが分かってきた。

 

折しも、「室戸ジオパーク」の活動が報道され、「仁淀川・四国カルストジオパーク」に特別の関心を 持ち、活動に関わるようになってきた。

 


 地質学を取り付き難くしているのは専門用語である。地域の地名の付いた地層を示す術語、地質時代を示す術語、岩石の名称の術語、そして生成過程 を表す術語は馴染が薄くなっている。四国を事例とすれば、地層が東西に帯状であること、身近な地名が多いことなど近付きやすいと考えた。

 

                                   (鈴木朝夫説明図作)

 

領家は静岡県天竜川の支流水窪(みさくぼ)川沿いの奥領家による。黒瀬川は愛媛県西予市城川町(旧黒瀬川村)を流れている。

三宝山は龍河洞スカイラインの南端にある。仏像構造線は土佐市仏像に由来する。四万十帯は四万十川であり、中筋は宿毛市、安芸は安芸市である。

北部には関東地方の地 名、南には四国の地名が使われているのは興味深い。
御荷鉾構造線は「線」と言うよりは緑色岩類()としてレンズ状に幅を持つ部分がある。

一方で、黒瀬川帯は「帯」としては幅が狭く、秩父北帯と三宝山帯を分ける境界線的性格がある。両者とも地質図上では断続的である。

フィリピン海プレートが沈み込む南海トラフでは、プレート上の堆積物が皺寄せのよ うに重なり南海付加体を作っている。この付加体には、メタンハイドレート、泥火山、熱水鉱床、コバルト・リッチ・クラストなど鉱物資源が大量に 眠っている。しかも土佐湾沖なのである。眠りから覚めるときは何時?

 

 

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鈴木朝夫(すずき ともお)
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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

鈴木朝夫の講演・出版の記録


旅する蝶、北米大陸と日本列島 

                                                          情報プラットフォーム、No.2856月号、2011

 

画像1.jpg

長距離の渡りをする蝶と言えば、北アメリカのモナーク蝶(オオカバマダラ)が有名である。

冬になると、ロッキー山脈の西側の個体群は、暖かいカリフォルニアのモントレー付近に南下する。

東側の個体群はメキシコに南下し、集団で越冬することで有名である。その移動距離は3000kmにも達する。カナ ダを含む北米で、3~4世代交代した後、夏が終わる頃にはひたすら初めての越冬地へ向かって旅を始める。北上の時は羽化してから1ヶ月程の寿命で あるが、南下して越冬するときは10ヶ月もの寿命になる。なお、メキシコの越冬地の8カ所ほどが生息圏保護区に指定されている。


オレンジ色に黒の筋のある派手な文様の翅からオオカバマダラの名が、その豪華さからモナーク(帝王)蝶の名が付いた。赤みを帯びた黄色をカバ色(蒲色or )と呼ぶ。蒲(がま)の穂のような色、または樺(山桜のこと?)の幹のような色である。

幼虫の食草は、北米の何処にでも生育しているミルク・ ウィード(トウワタ)であり、その名のように葉から白い乳液を出す。ガガイモ科の植物が持つアルカロイド類を体内に蓄えて毒化する。


 日本ではアサギマダラが唯一の長距離を移動する蝶である。オオカバマダラの食草と同じように、白い乳液を出し、毒性の強いアルカロイド類を含ん でいるガガイモ科植物のキジョラン、イケマ、オオカモメヅルなどが幼虫の食草である。

また、羽化すると、アルカロイド類を含むヒヨドリバナやフジ バカマの花で吸密をする。4~5月頃から数回の世代交代をしながら日本列島を北上する。

翅に黒と栗色に縁取られた淡い水色の半透明の模様から、 浅葱(アサギ)の名前がついた。浅葱色とは、藍で薄く染めた空色である。


香南市や香美市の小学校の生徒達と共に、龍河洞スカイラインの終点にある秋葉山付近で、挿し木で増やしたヒヨドリバナやフジバカマを移植する。

「アサギマダラの里in秋葉山」の会(問い合わせ先は090-1005-5581山崎)が助成金を受けての発足である。花が満開を迎える秋に、そこに集まる 蝶達のマーキングを通じて、自然に親しもうとの計画である。

咲き誇る秋の花々の上を蝶が乱舞している。タオルを大きく振ると、後を追いかけるよう に現れてくる。面白いように捕まえられるが、マーキングしようとすると、死んだように温和しくなるのが可愛らしい。

「再捕獲、いや、もう捕まるな よ」の思いで、1頭の蝶を高知の青空に放つ。捕獲した人の記号と連番、場所、日付を翅の透明感のある浅葱色の部分に油性ペンで記入する。

記録表に は、大きさ、性別(交尾or未交尾)なども記入する。アサギマダラには鱗粉が殆ど無いので油性ペンでのマークは簡単で、その後も消えることはな い。

再捕獲で渡りの詳細が次第に明らかになる。昨年は秋葉山から台湾まで1735km40日を掛けての移動が報告されている。大勢の人々が、一 緒に生態や行動を調べることで、自然の不思議さに対する感動の輪を広げることができる。


また、白髪の鬼女のような実を持つキジョランを増やそうと移植を行っている。葉に白く縁取りされた小さな孔がある。

葉の裏側を見ると、黄色の斑点、紫の縞模様の幼虫が居る。蛹になり、羽化して北へ旅立つのだが、謎だらけの渡りの仕組みに思いを馳せる。


 蝶と高知と来れば、長旅はしないけれども、黒と淡青色の気品のある蝶、ミカドアゲハを忘れるわけにはいかない。その生息地、潮江天満宮・要法 寺・潮江中学校が国の特別天然記念物に指定されている。ここには幼虫の食()葉となるオガタマノキがある。

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

鈴木朝夫の講演・出版の記録

まんぷく交流会(オフ会)実施しました・・・13 「アサギマダラの里IN秋葉山」の取組みNO.2
まんぷく交流会(オフ会)実施しました・・・12 「アサギマダラの里IN秋葉山」の取組みNO.1
 



スラグの粘性、溶岩の粘性

 

              情報プラットフォーム、No.2845月号、2011

 

      (鈴木朝夫説明図作)


 高知龍馬空港で出迎えた中1の孫、大石樹(たつき)君は「高知の道路は白

い。」と指摘する。それではとその足で、大豊から本山、吾北、池川方面に向かう国道439線のアスファルト舗装の緑色を見に行った。白色の舗装は石灰石が、緑色の舗装は緑泥片岩が骨材になっているためである。さらにその後、稲生の石灰工場群や龍河洞を見せに廻った。樹君には、御荷鉾構造線とそれに沿った御荷鉾緑色岩類の地層が吉野川上流域の嶺北地域を含めて東西に断続的に延びていること、さらにその南には秩父累帯が横たわり、平行に何層もの石灰石を豊富に含む地層が断続的に走っていることを説明した。


秩父帯・北帯では、四国カルスト、鳥形山、白木谷と続いており、南帯の三宝山
帯では、大平山(佐川町)、稲生、龍河洞と続いている。その中間に横たわる秩父帯・中帯は、黒瀬川構造帯と呼ばれる幅の狭い地層であり、蛇紋岩を多く含んでいる。蛇紋岩は、風化して脆くなり、崩れやすくなる性質を持っている。日高村本村、円行寺、一宮では蛇紋岩を採掘している。蛇紋岩も石灰岩も共に高知の特産品であり、製鉄には欠かせない素材である。


 溶鉱炉では、高温で鉄鉱石(鉄の酸化物)をコークス(炭素)で還元して、重い溶銑鉄と軽いスラグ(鉱滓)の二層に分離させる。上部の出滓口を開けてスラグを流し出し、次いで下部の出銑口から溶銑鉄を流し出す。スラグの粘性が高くて流動性が悪ければ、分離は順調に進まない。鉄鉱石に付随する脈石は二酸化ケイ素(SiO2)を多く含むため、スラグの粘性は高い。これにカルシウム(Ca)を含む石灰石やマグネシウム(Mg)を含む蛇紋岩を添加することで流動性が増してくるのである。なお、二酸化ケイ素が多い岩石・土壌は酸性と呼び、KCaMgなどが多くなれば塩基性と云う。


火山岩もスラグと同じである。玄武岩、安山岩、流紋岩の順に、二酸化ケイ素が
多くなり、粘性が大きくなる。玄武岩質の溶岩はハワイの火山や富士山のように流動性の高いことを示す山容になり、流動性の乏しい流紋岩質の溶岩では昭和新山や雲仙普賢岳のような盛り上がったドーム状になる。地下の深いところで作られる深成岩では、斑糲岩、閃緑岩、花崗岩がそれぞれ対応する。そして、何れも塩基性から酸性への変化に対応している。


スラグの流動性が重要な溶鉱炉と対照的なのは「たたら製鉄」である。流れ出す程の流動性は要らない。過度に温度を上げないことが、良質の鋼を造り出す「たたら」の秘訣である。地元の刃物祭りに合わせて開いた高知工科大学の初めての学園祭で、地元の協力も得て実演をした。砂鉄は、学生達と四万十川河口から3kmほど北の金浜で採取した。重い砂鉄が軽い白砂の上に10cm厚に積もっている。四万十川河口から、海流に流されて金浜に集積したもの思われるが、流域に花崗岩が露出している場所を確認できていない。なお、花崗岩は地表で風化して砂利・砂になり易く、その中に砂鉄(磁鉄鉱)が含まれている。


御荷鉾緑色岩類の帯に沿った国道439号線を緑色のアスファルト舗装にし、「与
作緑道」と名付けたい。国道33号線沿いの日高村、佐川町、越知町、仁淀川町と蛇行する仁淀川流域、旧檮原町から旧城川町までは、地層の変化を楽しめる天然の科学館・博物館である。


牧野富太郎を育んだ塩基性土壌での特徴的な生態系は植物園でもある。空海が水脈や鉱脈を見定めて歩いた四国全部をジオパークに、そして曼荼羅の世界を説いた証の「へんろ路」が巡る四国全体を世界文化遺産として重ねたい。孫に刺激されての調査レポートである。

 


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