カレンダー

« 2011年10月12345678910111213141516171819202122232425262728293031

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち高知の偉人(歴史上)カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは高知のストップ温暖化・環境活動です。

次のカテゴリは高知の娯楽・スポーツです。

最近の記事はインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カテゴリ

高知の偉人(歴史上)の最近のブログ記事

                  

 周辺に武市半平太の道場跡などの史跡がある菜園場商店街にて

「土佐勤王党結成150年・半平太まつり2011

を10月29日に開催します。

 

 よさこい踊りや少年剣道対抗試合歴シンガー龍民さんの歴うたなど盛りだくさんの内容になっていますので、どなたでも気軽にご来場ください。

 

日時

平成23年10月29日(土)10:00から15:00まで

 

場所

横堀公園(高知市菜園場町 ※()四国銀行木屋橋支店北側)

 

内容

 () 主催

   ・ 菜園場商店街振興組合

   ・ 菜園場商店街活性化委員会

   ・ 半平太まつり実行委員会

 

 () プログラム(予定)

  10:00  開会挨拶

     10:10  桜井幼稚園の園児による演奏

     10:30  さえんば保育園の園児によるお遊戯

     10:50  さえんば三志士登場!!

     11:00  少年剣道対抗試合・少年剣道野試合

     11:35  ミニライブ(スピカ)

     11:55  マジックショー・美女の串刺し(高旭斎天淳)

     12:15  高知大学生によるクイズ

     12:35  よさこい踊り(第1部)

     13:35  津軽三味線(小山流)

     13:55  ミニライブ(歴シンガー龍民)

     14:15  よさこい踊り(第2部)

     14:35  民謡

     14:45  閉会挨拶

     14:50  もち投げ

     15:00  終了

 

    その他のご案内  

・ 来客用の駐車場がありませんので、できる限り公共交通機関を

    ご利用願います。

・ 悪天候時等の開催については、半平太まつり実行委員会まで

    お問い合わせください。

 

お問い合わせ先

  半平太まつり実行委員会 

  安岡(088-882-9488) 又は 林(088-882-0825)まで

 

 

HN高知県地域づくり支援課

 

 


 

武市半平太生誕祭

~「半平太 風雅の夜」~

 

 
 日時 平成23年9月27日()18:00~20:30

 

 場所 菜園場町 横堀公園 武市半平太邸跡碑前

 

 菜園場町横堀公園(()四国銀行木屋橋支店北側)武市半平太邸跡碑前にて武市半平太生誕祭「半平太 風雅の夜」と題して、土佐勤王党192名に因み、花壇に192本のキャンドルを点します。

 そして、ローソク明かりの舞台では、琴と尺八、そして筑前琵琶、津軽三味線の諸先生方に賛助出演をお願いし、また、歴シンガー龍民さんの歴うたも披露します。

 台風も去り、やっと涼しくなった土佐の秋夜に、武市半平太生誕祭「半平太 風雅の夜」是非お楽しみください。

 

お問い合わせ先 : さえんば来楽座  林 霊山 
(TEL088-882-0825  FAX088-882-0807) 

 

 


HN
高知県地域づくり支援課

 


  IMG_0307.jpg 長宗我部元親イベントが今年も始まりました!

 9月17日、高知県立歴史民俗資料館にて出陣式が開催され、甲冑などをまとった8氏と、ゲーム「戦国BASARA」の長宗我部元親キャラクターがイベント開始宣言!

 出陣式には約50名が来館し、早速初陣編(第1ステージ)に参加されていました。

 初陣編を制したら、次は土佐統一編(第2ステージ)!

県内8市町村9カ所の、戦国武将ゆかりの地を巡ります。

 今年はこの第2ステージをクリアすると、戦国BASARAグッズや土佐各地の特産品が抽選で当たるそうです。

 参加費無料とのことなので、これを機会に土佐の各地を巡ろうと思います!

 

HN:南国 水先案内人

南国 水先案内人さんの記事 

南国市ファンクラブ  物部川ファンクラブ  長宗我部ファンクラブ


吉田東洋といえば、幕末に藩主山内容堂の参政(家老)として藩政を支えた人。

藩政改革を財政再建と人材登用で推進した。前者は外国貿易と富国強兵を、後者は甥の後藤象二郎を始め岩崎弥太郎、福岡孝弟、乾退助らを育成する。

武市半平太率いる土佐勤王党に暗殺された。

 

 「龍馬伝」では舞踏家、田中泯氏による強烈な個性の演技が印象深い。
 
 
 
 彼の墓は高知市筆山にある。車道を上がって最初の駐車場(トイレがある)の50m先のヘアーピンカーブから東に歩いて400m先にある。
 
 添付した案内図によって、興味のある人は訪れてみて欲しい。
 
 
 ① ヘアピンカーブにある「南嶺ハイキングコース案内板」の左の二つの花壇の間を入ると  左端に見える納骨堂の前を通る。
 
 
 ② 途中の緑色ドラム缶
 
 
 ③ 石地蔵
 
 
 
 
 ④ 地蔵の先の3本木と案内標識
 
 
 ⑤ 3本木から左折する道
 
 
 ⑥ 吉田東洋墓地
 
 
 ⑦ 吉田東洋夫婦の墓

 
HN:バンダナ
 

羽迫博己さんの、土佐人の銅像20・・・板垣退助先生像

天保8年(1837)4月17日、土佐藩馬廻格 
   乾永六の長男として高知城下中島町に生れた。
 少年時代から学問よりも相撲や闘犬などの勝負事を好み、
   士格青年の社団組織「盛組」の中心人物として
   乱暴を働き処分を受けている。
 安政2年(1855)には1年間江戸勤番を勤めるが、安政
   3年8月には総領職没収、城下四ヵ村禁足という重い
   処分を受けて、3年間城西神田村で生活したこともある。
 万延元年(1860)父の死去により、知行を50石削られて
   220石で家督を継ぎ、時の仕置役 吉田東洋の
   推薦を受けて藩政に携わり、騎兵術、蘭式兵学を学んだ。
 慶応4年(1868)の戊辰戦争には東山道先鋒総督府参謀
   として出征、その功績により、版籍奉還後は高知藩
   山内豊範の補佐役大参事となった。
 のち明治政府の参議となったが、明治6年征韓論に敗れて
   西郷隆盛らとともに辞任した。
 翌7年1月、同志とともに「愛国公党」を結成、民選議院
   設立の建言を政府に提出、高知に帰って片岡健吉らと
   立志社を設立して自由民権運動を展開した。
 明治15年4月6日、自由党総理として遊説中、岐阜で
   暴漢に刺されたとき、血まみれの中で口にした「板垣
   死すとも自由は死せず」の一言が新聞その他で報道
   され、この言葉が自由民権運動の合言葉になると
   ともに、彼は一躍自由民権運動の英雄となった。
 同年11月から7ヵ月にわたる欧州視察にあたっては、
   その旅費の出所に疑惑が生じ、党内に亀裂を生じる
   など、彼らの運動も曲折を重ねたが、明治22年の
   憲法発布、翌年の国会開設への道を切り開いた。
 その後、板垣は伊藤博文内閣の内務大臣などの要職に
   つくも、明治33年引退後は社会改良運動に尽くした。
 大正8年死亡 83歳。 あぞのに分骨堂がある。

板垣は角刀道振興にも力を尽くし、国技館の名付け親とも
   言われるほどで、記念角刀興行をし、純益15,797円
   が寄贈され、またそれ以外に募金が33,000円に上り
   大正13年銅像が建設されたが、戦時中供出された。

     除 幕: 昭和31年5月11日
     題 字: 板垣退助先生像
     規 模: 本体~2,2 ㍍  台座~4,205 ㍍
           総高~6,405 ㍍
                      事業費: 250万円

 

羽迫さんの世界

土佐の銅像と 津江美和さんの写真

四万十川流域のひなまつり・・・羽迫博己さんの世界 

投稿数の多い、投稿者一覧

情報がてんこもり  「高知ファンクラブ」パート2    記事一覧はこちらから 

 


吉田茂の銅像

|

「土佐の銅像」第10回目は、吉田茂の銅像です。

 

吉田茂と飛行機.JPG 

 

*吉田茂(18781967

*銅像所在地:高知県南国市 高知龍馬空港緑の広場

*銅像製作:木下繁 昭和590724日建立

 

 

吉田茂とレーダー.JPG 

 

高知県宿毛出身の自由民権運動家の5男として、東京神田に生まれる。

 

02歳:旧福井藩士で横浜の貿易商・吉田家の養子となる。

11歳:養父が亡くなったため、遺産を相続する。

22歳:外交官試験に合格し、入省後は中国大陸で過ごす。

66歳:第二次世界大戦の末期、憲兵隊に拘束される。

67歳:終戦後に外務大臣となり、翌年は内閣総理大臣となる。

68歳:日本国憲法の公布により、実父の選挙区高知から立候補し、国会議員となる。

73歳:サンフランシスコ平和条約締結。

享年89歳。

 

吉田茂と管制塔.JPG

 

終戦後の混乱期から、87歳に至るまで5次にわたって内閣を組織しました。

 

11歳で遺産を相続」というと、羨ましい気がしますが、

自分のことを「みなし子」と表現していたと知り、平凡万歳とも思ったりします。

 

 

土佐の銅像と 津江美和さんの写真

南国市ファンクラブ

投稿数の多い、投稿者一覧

情報がてんこもり  「高知ファンクラブ」パート2    記事一覧はこちらから


吉村虎太郎の銅像

|

「土佐の銅像」第9回目は、吉村虎太郎です。

 

101215吉村虎太郎.JPG 

 

*吉村虎太郎(18371863

 

*銅像所在地:高知県高岡郡東津野村新田 忠霊園

*銅像製作:川島三郎 昭和431222日建立

 

土佐国高岡郡芋生野の庄屋の長男として生まれる。

11歳:父の跡を継ぎ、庄屋となる。

22歳:梼原村大庄屋となり、治績をあげる。

24歳:武市半平太の土佐勤王党に加盟する。

25歳:土佐を脱藩する。

26歳:大和挙兵に参加すべく、天誅組を結成する。

享年26歳。

 

津野村.JPG 

 

「吉野山 風に乱るるもみじ葉は 我が打つ太刀の血煙と見よ」

辞世の句には、虎太郎がもつ強い決意と行動力が、よく表現されている気がします。

銅像付近には、もみじが植えてあります。

 

吉村虎太郎もみじ.JPG 

 

2005年に訪ねたときは初秋で少しの紅葉でしたが、感慨深かったのを覚えています。

真っ赤な紅葉のときに訪ねたら...。辛い気持ちになりそうです。

 

 

土佐の銅像 写真集と 津江美和さんの写真に関するページ

 

吉村 虎太郎 に関する記事


津野町ファンクラブ


中岡慎太郎の銅像

|

「土佐の銅像」第8回目は、中岡慎太郎です。

 

101124中岡慎太郎.JPG 

 

*中岡慎太郎(18381868

*銅像所在地:高知県室戸市 室戸岬

*銅像製作:本山白雲 昭和1057日建立

 

土佐国安芸郡北川郷の大庄屋の長男として生まれる。

 

17歳:田野学館で武市半平太から剣術を学ぶ。

19歳:父親が病にたおれ、家業の大庄屋職を継ぎ、結婚。

23歳:土佐勤王党に加盟する。

25歳:尊皇攘夷への弾圧が始まり、土佐藩を脱藩。長州へ亡命する。

27歳:薩長同盟締結。

29歳:陸援隊を結成、隊長となる。

享年29歳。

 

大庄屋であった頃には、民の生活が豊かになるようにゆずの栽培を勧めたそうです。

高知県のゆずは、今や生産量が日本一!!!

ゆずの特性とか地域の実情とか...きちんと踏まえてこその先見の明という気がします。

 

101124室戸海岸.JPG 

 

中岡慎太郎は、正座した眼光鋭い写真と、白い歯がこぼれる笑顔の写真が有名です。

 

101124室戸灯台.JPG 

 

笑顔に寄せる白い手が女性のものらしいと知り、驚き、不思議な親近感を覚えました

 

 

土佐の銅像 写真集と 津江美和さんの写真に関するページ

中岡慎太郎ファンクラブ

室戸市ファンクラブ

 


 

 周辺に武市半平太の道場跡などの史跡がある菜園場商店街にて

 

「半平太まつり・講演と史跡めぐり」

 

11月20日に開催します。

 

(参加費無料!!定員50名です。)

 

 

 

   歴シンガー龍民さんの歴うた

 

  講談師小浜亭馬楽さんの歴史講釈、


  そして歴史研究家今久保約雄さんの講演


  菜園場商店街周辺の史跡めぐりという

  
盛沢山の内容
になっていますので、


  武市半平太や菜園場商店街周辺の歴史に興味のある方は、

  どなたでも気軽にご参加ください。

 

(前日までに申し込んでください。)

 

 

日時平成22年11月20日(土曜日)12時30分から16時30分まで

 

場所:さえんば来楽座(きらくざ)(高知市菜園場町5-11 林ビル1階

http://www16.plala.or.jp/ken-shibu/newpage12.html

 

内容

 () 主催

   ・ 菜園場商店街振興組合

   ・ 菜園場商店街活性化委員会

   ・ 半平太まつり実行委員会

 

 () プログラム

 

第1部 歴史講演(さえんば来楽座)

       1230分から

                    歴シンガー龍民さんの歴うた「月影の半平太」「弥太郎ブギ」等オリジナル曲

       13時から

                    講談師小浜亭馬楽さんの歴史講釈「半平太と山内容堂」

       1330分から

                    歴史研究家今久保約雄さんの講演「土佐勤王党」

 

     第2部 菜園場商店街周辺の史跡めぐり

       15

                    来楽座出発→九反田地蔵→北代家跡→城下七町の起こり→

           長岡謙吉生誕地→河田小龍誕生地→岡本寧浦塾跡→細川潤次郎誕生地→

                    武市半平太邸跡碑

       1630分ごろ

                   武市半平太邸跡碑にて現地解散

  

備考

   

       ・ 参加費は無料です。

   ・ 参加希望者は前日までに電話又はFAX(氏名・連絡先を明記)にて下記連絡先に申し込ん       でください。

   ・ 定員は最大50人です。

   ・ 少雨決行です。

       ・ 来客用の駐車場がありませんので、できる限り公共交通機関をご利用願います。

 

お問い合わせ・申込先

  半平太まつり実行委員会

  (さえんば来楽座の林さん:電話088-882-0825・FAX088-882-0807)まで

 

 

HN高知県地域づくり支援課

 

HN:地域づくり支援課 さんの記事

 

はりまや橋界隈史跡めぐり に関する記事

はりまや橋ファンクラブ 

武市半平太 に関するページ


中浜万次郎の銅像

|

「土佐の銅像」第6回目は、中浜万次郎です。

 

1010ジョン万次郎.JPG 

 

*中浜万次郎(18271898

*銅像所在地:高知県土佐清水市 足摺岬

*銅像製作:大谷研 昭和43711日建立

 

土佐清水市(中浜村谷前)の漁師の次男として生まれる。

14歳:アジ・サバ漁に出て暴風雨に遭い、鳥島に漂着する。

15歳:143日間の無人島生活の後、米国捕鯨船ジョン・ハウランド号に救助される。

16歳:ホイットフィールド船長に見込まれ、合衆国本土で教育を受ける。

25歳:11年ぶりに母親と再会する。

28歳:航海学書を執筆する。4年後には英会話書を編集する。

33歳:批准使節団の一員として、咸臨丸にて合衆国に渡る。

享年71歳。

 

「数奇な運命」としか言いようがなく、ここに全く記述し切れておりません。

遭遇したことだけでなく、本人の才能と努力においても、並々ならぬものを感じます。

 

1010足摺椿.JPG

撮影は20062月で椿には少し遅かったのですが、足摺岬はいつだって絶景です。

  1010足摺岬.JPG

土佐の銅像 写真集と 津江美和さんの写真に関するページ

ジョン万次郎ファンクラブ

土佐清水市ファンクラブ


高知ファンクラブのネットワーク