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 周辺に武市半平太の道場跡などの史跡がある菜園場商店街にて

「土佐勤王党結成150年・半平太まつり2011

を10月29日に開催します。

 

 よさこい踊りや少年剣道対抗試合歴シンガー龍民さんの歴うたなど盛りだくさんの内容になっていますので、どなたでも気軽にご来場ください。

 

日時

平成23年10月29日(土)10:00から15:00まで

 

場所

横堀公園(高知市菜園場町 ※()四国銀行木屋橋支店北側)

 

内容

 () 主催

   ・ 菜園場商店街振興組合

   ・ 菜園場商店街活性化委員会

   ・ 半平太まつり実行委員会

 

 () プログラム(予定)

  10:00  開会挨拶

     10:10  桜井幼稚園の園児による演奏

     10:30  さえんば保育園の園児によるお遊戯

     10:50  さえんば三志士登場!!

     11:00  少年剣道対抗試合・少年剣道野試合

     11:35  ミニライブ(スピカ)

     11:55  マジックショー・美女の串刺し(高旭斎天淳)

     12:15  高知大学生によるクイズ

     12:35  よさこい踊り(第1部)

     13:35  津軽三味線(小山流)

     13:55  ミニライブ(歴シンガー龍民)

     14:15  よさこい踊り(第2部)

     14:35  民謡

     14:45  閉会挨拶

     14:50  もち投げ

     15:00  終了

 

    その他のご案内  

・ 来客用の駐車場がありませんので、できる限り公共交通機関を

    ご利用願います。

・ 悪天候時等の開催については、半平太まつり実行委員会まで

    お問い合わせください。

 

お問い合わせ先

  半平太まつり実行委員会 

  安岡(088-882-9488) 又は 林(088-882-0825)まで

 

 

HN高知県地域づくり支援課

 

 


 

武市半平太生誕祭

~「半平太 風雅の夜」~

 

 
 日時 平成23年9月27日()18:00~20:30

 

 場所 菜園場町 横堀公園 武市半平太邸跡碑前

 

 菜園場町横堀公園(()四国銀行木屋橋支店北側)武市半平太邸跡碑前にて武市半平太生誕祭「半平太 風雅の夜」と題して、土佐勤王党192名に因み、花壇に192本のキャンドルを点します。

 そして、ローソク明かりの舞台では、琴と尺八、そして筑前琵琶、津軽三味線の諸先生方に賛助出演をお願いし、また、歴シンガー龍民さんの歴うたも披露します。

 台風も去り、やっと涼しくなった土佐の秋夜に、武市半平太生誕祭「半平太 風雅の夜」是非お楽しみください。

 

お問い合わせ先 : さえんば来楽座  林 霊山 
(TEL088-882-0825  FAX088-882-0807) 

 

 


HN
高知県地域づくり支援課

 


四万十川の原風景を守る会」の代表・羽迫(ハサコ)博巳さんが、四万十川流域のひなまつりの2009年と2010年の変化などを紹介しながら、教訓的な総括をしています。

四万十川流域のひなまつり 羽迫博己さんの世界 

県下各地で盛んに行われているひなまつりが、年を重ねるごとにややもするとマンネリ化の傾向が出ている中で、地域の生活に根ざした取り組みが、その地域に新しい風を呼んで、流域を代表する観光資源となりつつある事を報告しています。

 

羽迫博己さんの、土佐の町屋ひな祭り2010・・・雛祭 はりまや橋

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羽迫さんの世界

四万十川流域のひなまつり・・・羽迫博己さんの世界

いの町ファンクラブ

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情報がてんこもり  「高知ファンクラブ」パート2    記事一覧はこちらから


 

 周辺に武市半平太の道場跡などの史跡がある菜園場商店街にて

 

「半平太まつり・講演と史跡めぐり」

 

11月20日に開催します。

 

(参加費無料!!定員50名です。)

 

 

 

   歴シンガー龍民さんの歴うた

 

  講談師小浜亭馬楽さんの歴史講釈、


  そして歴史研究家今久保約雄さんの講演


  菜園場商店街周辺の史跡めぐりという

  
盛沢山の内容
になっていますので、


  武市半平太や菜園場商店街周辺の歴史に興味のある方は、

  どなたでも気軽にご参加ください。

 

(前日までに申し込んでください。)

 

 

日時平成22年11月20日(土曜日)12時30分から16時30分まで

 

場所:さえんば来楽座(きらくざ)(高知市菜園場町5-11 林ビル1階

http://www16.plala.or.jp/ken-shibu/newpage12.html

 

内容

 () 主催

   ・ 菜園場商店街振興組合

   ・ 菜園場商店街活性化委員会

   ・ 半平太まつり実行委員会

 

 () プログラム

 

第1部 歴史講演(さえんば来楽座)

       1230分から

                    歴シンガー龍民さんの歴うた「月影の半平太」「弥太郎ブギ」等オリジナル曲

       13時から

                    講談師小浜亭馬楽さんの歴史講釈「半平太と山内容堂」

       1330分から

                    歴史研究家今久保約雄さんの講演「土佐勤王党」

 

     第2部 菜園場商店街周辺の史跡めぐり

       15

                    来楽座出発→九反田地蔵→北代家跡→城下七町の起こり→

           長岡謙吉生誕地→河田小龍誕生地→岡本寧浦塾跡→細川潤次郎誕生地→

                    武市半平太邸跡碑

       1630分ごろ

                   武市半平太邸跡碑にて現地解散

  

備考

   

       ・ 参加費は無料です。

   ・ 参加希望者は前日までに電話又はFAX(氏名・連絡先を明記)にて下記連絡先に申し込ん       でください。

   ・ 定員は最大50人です。

   ・ 少雨決行です。

       ・ 来客用の駐車場がありませんので、できる限り公共交通機関をご利用願います。

 

お問い合わせ・申込先

  半平太まつり実行委員会

  (さえんば来楽座の林さん:電話088-882-0825・FAX088-882-0807)まで

 

 

HN高知県地域づくり支援課

 

HN:地域づくり支援課 さんの記事

 

はりまや橋界隈史跡めぐり に関する記事

はりまや橋ファンクラブ 

武市半平太 に関するページ


さる10月23日、北街コミュニティ計画推進市民会議が主催する、「はりまや橋界隈史跡めぐり」が企画されていたので、参加しました。

9時30分、30人を超える参加者が、新堀小学校内の新堀コミュニティホール前に集合しました。

史跡めぐりは10時にスタートして、 ①魚の棚 ②はりまや橋 ③河田小龍生誕地 ④武市半平太道場跡 ⑤岡本寧浦塾跡 ⑥中江兆民誕生地 をゆっくりと巡って、12時少し前に出発地点に帰ってきました。

地元の参加者が、自分が住んでいるところに、こんな史跡があることを知りませんでした・・・と話していました。

また、家族連れで参加された方も多く、中でも新堀小学校の4年生の二人は、歴史に関心が深く、説明をメモを取りながら熱心に聞いていました。

その子達は、すでに相当な知識を持っているのです。"歴女"ならぬ、歴史好きのこども"歴チル"とでも言うような感じで、大変嬉しく思いました。

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その1 新堀コミュニティホール前に集合 

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その2 ①魚の棚

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その3 ②はりまや橋1

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その4  ②はりまや橋2 地下広場ギャラリー

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その5  ②はりまや橋3 からくり時計

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その6  ③河田小龍生誕地

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その7  ④武市半平太道場跡

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その8  ⑤岡本寧浦塾跡

 

⑥中江兆民誕生地

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出典: 土佐の歴史散歩 中江兆民誕生地

(1847~1901)
 「東洋のルソー」「日本のルソー」といわれる思想家で、約100年前にルソーの「民約論」を翻訳しました。
 はじめて留学に出た長崎で坂本龍馬や後藤象二郎、岩崎弥太郎たちと知り合いました。
 彼の語学力はすばらしく、岩倉遣欧使節団に参加フランスに行きルソーの著書に出会いました。
 東京外語学校校長、元老院権少書記官を経て「東洋自由新聞」を創刊しました。

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出典: 中江兆民誕生地

弘化4年(1847年)11月1日に中江兆民が誕生した地。

住所 高知県高知市はりまや町3丁目19−18 周辺

地図 http://chizuz.com/map/map55764.html

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出典:南国土佐へ来てみいや 東洋のルソー - 中江兆民生誕地

[ 高知県高知市はりまや町3丁目 ]
弘化4年(1847)に土佐国高知城下の下山田町部屋町の、土佐藩足軽の家に生まれ、文久元年(1861年)14歳の時、父の死により家督を相続し足軽の身分となっちゅう。

翌年「土佐藩校文武館」に入学し、慶応元年(1865)土佐藩の藩費留学生として長崎に出てフランス語を学ぶがですが、この時、「龍馬」は長崎で"海援隊"を組織しちょったき、出会ちゅうようながです。

その後、幕府の語学所学頭・平井義十郎からフランス語を学び、慶応3年(1867)江戸に出たのち、兵庫が開港されると上方へ赴き、フランス外交団の通訳を務めるがです。

明治4年(1871)にフランスへ留学し、明治7年(1874)年に帰国すると、自身が創設した仏蘭西学舎を中心に、フランス流の自由民権論を唱え、自由民権運動の理論的指導者となるがです。

そのなかでも「ルソー」を日本に紹介した功績は大きく、「東洋のルソー」とも呼ばれるようになったがです。

「兆民」は号で、「億兆の民」と言う意味じゃそうです。

また「秋水」とも名乗っちょたようですけんど、この号は弟子の「幸徳秋水」に譲り渡したそうなが。


[ アクセス ]
・土佐電鉄「高知橋」電停より、徒歩約5分


 

 

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閉会のご挨拶は、地元新堀小学校の校長先生でした。ずっと熱心なこども達に、同行されていました。

 

HN:史跡探訪者

岡本寧浦(おかもとねいほ) に関する記事

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さる10月23日、北街コミュニティ計画推進市民会議が主催する、「はりまや橋界隈史跡めぐり」が企画されていたので、参加しました。

9時30分、30人を超える参加者が、新堀小学校内の新堀コミュニティホール前に集合しました。

史跡めぐりは10時にスタートして、 ①魚の棚 ②はりまや橋 ③河田小龍生誕地 ④武市半平太道場跡 ⑤岡本寧浦塾跡 ⑥中江兆民誕生地 をゆっくりと巡って、12時少し前に出発地点に帰ってきました。

地元の参加者が、自分が住んでいるところに、こんな史跡があることを知りませんでした・・・と話していました。

また、家族連れで参加された方も多く、中でも新堀小学校の4年生の二人は、歴史に関心が深く、説明をメモを取りながら熱心に聞いていました。

その子達は、すでに相当な知識を持っているのです。"歴女"ならぬ、歴史好きのこども"歴チル"とでも言うような感じで、大変嬉しく思いました。

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その1 新堀コミュニティホール前に集合 

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その2 ①魚の棚

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その3 ②はりまや橋1

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その4  ②はりまや橋2 地下広場ギャラリー

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その5  ②はりまや橋3 からくり時計

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その6  ③河田小龍生誕地

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その7  ④武市半平太道場跡

 

⑤岡本寧浦塾跡

 

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横堀公園から北へ、高知市桜井町1丁目で、意外と目に付きにくいところにありました。しっかり場所を覚えていないと、次回に一人で来るには・・・と言う感じです。

 

出典・・・土佐の人物伝: 岡本寧浦(おかもと ねいほ)

寛政6年(1794年) - 嘉永6年(1853年)

藩末にその名を博した儒学者。その門下には、岩崎弥太郎や中江兆民、清岡道之助、河田小龍など幕末から明治にかけて活躍した人物もおり、その総数は千人を超えています。
寧浦は吉田東洋や武市瑞山といった要人との交流がありました。また、岩崎弥太郎は寧浦の甥にあたります。

寧浦は、寛政6年(1794年)に、安田浦の裏宗西本願寺派乗光寺に生まれました。
幼い頃から勉学に励んでおり、安芸国(広島)や大阪で、詩文、儒学、仏教などを学びました。その後、仏教から儒学に転向しました。
そのうち寧浦の評判は高くなり、土佐藩主に招かれ藩の教授方となりました。そして、その才を大いに振るった寧浦は、大学者へと成っていったのです。

寧浦の門下には、岩崎弥太郎や中江兆民、清岡道之助、河田小龍など幕末から明治にかけて活躍した人物など多くの人材を輩出しました。門下の総数は千人を超えています。
寧浦は土佐にとっての吉田松陰のような存在でした。武市瑞山、吉田東洋、岩崎弥太郎、河田小龍といった人物にも影響を与えたと言われています。

嘉永6年(1853年)、60歳で没しました。

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 http://video.moglik.com/t/%E5%AF%A7%E6%B5%A6.htm

 ★2010 10 03 高知の街めぐりウォーキング&動画サービス#1 №2  寧浦

 

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出典・・・南国土佐へ来てみいや:岡本寧浦塾舎跡

NHK大河「龍馬伝」1回目に出て来た、岡本寧浦生の塾・紅友舎跡の碑ながです。

劇中、岡本寧浦に関しては唯の塾の先生程度の表現しかしちゃーせんき、土佐人としてこりゃー遺憾と思うて書いちょります。

岡本寧浦ちゅう人は、幕末の土佐藩屈指の儒学者で、長州の吉田松陰よりもすごい人物じゃと言うたら長州人が怒るかも知れんけんど、げにまっこと吉田松陰に劣らぬ重要人物じゃたがです。

また、岩崎弥太郎との関係もあやふややったけんど、弥太郎の母の姉の夫が岡本寧浦じゃき、弥太郎は「甥」になるがよ。

せめてこれくらいの説明は、ナレーションででも入れて欲しかったぜよ。

門人は1000人以上で、「岩崎弥太郎」は勿論のこと、東洋のルソーと呼ばれる「中江兆民」、龍馬に西洋事情を解いた「河田小龍」、坂本龍馬や武市瑞山に次いで幕末の土佐を代表する人物の一人「清岡道之助」など、幕末期に活躍した逸材を多く輩出しちゅうし、土佐藩の参政「吉田東洋」や土佐勤皇党首領「武市瑞山」とも交流があったがです。

兎に角、多くの志士達を倒幕に駆り立てた根本的な思想は、此処から始まっちゅうかも知れん。


IMG_8983.jpgHN:史跡探訪者

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さる10月23日、北街コミュニティ計画推進市民会議が主催する、「はりまや橋界隈史跡めぐり」が企画されていたので、参加しました。

9時30分、30人を超える参加者が、新堀小学校内の新堀コミュニティホール前に集合しました。

史跡めぐりは10時にスタートして、 ①魚の棚 ②はりまや橋 ③河田小龍生誕地 ④武市半平太道場跡 ⑤岡本寧浦塾跡 ⑥中江兆民誕生地 をゆっくりと巡って、12時少し前に出発地点に帰ってきました。

地元の参加者が、自分が住んでいるところに、こんな史跡があることを知りませんでした・・・と話していました。

また、家族連れで参加された方も多く、中でも新堀小学校の4年生の二人は、歴史に関心が深く、説明をメモを取りながら熱心に聞いていました。

その子達は、すでに相当な知識を持っているのです。"歴女"ならぬ、歴史好きのこども"歴チル"とでも言うような感じで、大変嬉しく思いました。

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その1 新堀コミュニティホール前に集合 

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その2 ①魚の棚

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その3 ②はりまや橋1

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その4  ②はりまや橋2 地下広場ギャラリー

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その5  ②はりまや橋3 からくり時計

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その6  ③河田小龍生誕地

 

④武市半平太道場跡

 

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横堀公園内の北側にある、武市半平太の道場跡の碑もきれいに手入れされ、また"めおと石"が新しく設置されていました。

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高知市さえんばの横堀公園で、「半平太まつり」がありました①

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高知市さえんばの横堀公園 ②武市半平太の道場跡の碑・めおと石

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横堀公園で休憩です。お茶の用意がされていて、皆さんおいしくいただいていました。

IMG_8962.jpgHN:史跡探訪者

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さる10月23日、北街コミュニティ計画推進市民会議が主催する、「はりまや橋界隈史跡めぐり」が企画されていたので、参加しました。

9時30分、30人を超える参加者が、新堀小学校内の新堀コミュニティホール前に集合しました。

史跡めぐりは10時にスタートして、 ①魚の棚 ②はりまや橋 ③河田小龍生誕地 ④武市半平太道場跡 ⑤岡本寧浦塾跡 ⑥中江兆民誕生地 をゆっくりと巡って、12時少し前に出発地点に帰ってきました。

地元の参加者が、自分が住んでいるところに、こんな史跡があることを知りませんでした・・・と話していました。

また、家族連れで参加された方も多く、中でも新堀小学校の4年生の二人は、歴史に関心が深く、説明をメモを取りながら熱心に聞いていました。

その子達は、すでに相当な知識を持っているのです。"歴女"ならぬ、歴史好きのこども"歴チル"とでも言うような感じで、大変嬉しく思いました。

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その1 新堀コミュニティホール前に集合 

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その2 ①魚の棚

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その3 ②はりまや橋1

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その4  ②はりまや橋2 地下広場ギャラリー

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その5  ②はりまや橋3 からくり時計

 

③河田小龍生誕地

 

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はりまや橋交差点を南に渡って、東へ・・・すぐ近くに老舗料亭「得月楼」があります。

宮尾登美子作「陽暉楼」でも有名です。

この前を取って東へ50メートルくらいに、河田小龍生誕地の記念碑がありました。

はりまや橋観光バスターミナルの手前です。

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出典: 土佐藩絵師・河田小龍生誕地

河田小龍1824-1898は土佐藩の絵師で、高知城下・浦戸片町に生まれると南宋画の画家である島本蘭渓に入門する。 また、土佐藩の儒学者・岡本寧浦に入門し吉田東洋のすすめで23歳の時に京都・大阪に遊学し長崎で蘭学なども学んだ。 1852年、吉田東洋の命によりジョン万次郎の取調べを行ったことから英語や西洋事情などの知識も得た。 この西洋事情や思想などは小龍を通して坂本龍馬や多くの志士に多大な影響を与えたと言われている。 ジョン万次郎は14才の時に遭難し、アメリカの捕鯨船に助けられ、約十年間の留学の後日本へ帰国する。 そのときの取調官・吉田文次はさじを投げて吉田東洋に報告する。 東洋は直ぐに河田小龍を呼びよせ、長崎で学んだ蘭学により話が通じるだろうと考えた。 彼らは十二年の間に日本語を忘れていたという。 小龍は万次郎を自宅に連れ帰り生活の中から言葉を思い出させることで小龍も英語を学び、二人の間に信頼と友情が生まれた。  一方、坂本龍馬が剣術修行に出た江戸で黒船騒動にであって異国の進んだ文明を目のあたりして悶々としていた時に小龍に出会う。 小龍は海洋に乗り出し航海術をまなび、外国との貿易によって利益をあげ国を富まし、異国に追いつく事が日本のとるべき道だと説く。

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河田小龍生誕地

カワダショウリュウセイタンチ

地図:高知県高知市南はりまや町2-1-34 JR高知駅下車・電車桟橋行・はりやま橋下車、徒歩3分 

IMG_8936.jpgHN:史跡探訪者

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さる10月23日、北街コミュニティ計画推進市民会議が主催する、「はりまや橋界隈史跡めぐり」が企画されていたので、参加しました。

9時30分、30人を超える参加者が、新堀小学校内の新堀コミュニティホール前に集合しました。

史跡めぐりは10時にスタートして、 ①魚の棚 ②はりまや橋 ③河田小龍生誕地 ④武市半平太道場跡 ⑤岡本寧浦塾跡 ⑥中江兆民誕生地 をゆっくりと巡って、12時少し前に出発地点に帰ってきました。

地元の参加者が、自分が住んでいるところに、こんな史跡があることを知りませんでした・・・と話していました。

また、家族連れで参加された方も多く、中でも新堀小学校の4年生の二人は、歴史に関心が深く、説明をメモを取りながら熱心に聞いていました。

その子達は、すでに相当な知識を持っているのです。"歴女"ならぬ、歴史好きのこども"歴チル"とでも言うような感じで、大変嬉しく思いました。

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その1 新堀コミュニティホール前に集合 

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その2 ①魚の棚

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その3 ②はりまや橋1

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その4  ②はりまや橋2 地下広場ギャラリー

 

はりまや橋公園  からくり時計

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高知市HP: はりまや橋

「♪土佐の高知のはりまや橋で,坊さんかんざし買うを見た」とよさこい節のフレーズにもなり,純信とお馬の悲しい恋物語でも知られているはりまや橋。

江戸時代に,堀川を挟んで商売を行っていた「播磨屋」と「櫃屋」が,両者の往来のため私設の橋を架けたことが「はりまや橋」の由来といわれています。

その後,何度か橋は架けかえられ,堀川も埋め立てられましたが,現在は,はりまや橋公園として整備され,川のせせらぎを再現。昔のはりまや橋も復元し,純信・お馬のモニュメントも設置されています。

大きな地図で見る

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高知市HP: 「はりまや橋」・・・


映画『The Harimaya Bridge−はりまや橋−』 はりまや橋 からくり時計 路面電車  

はりまや橋観光バスターミナル  はりまや橋商店街 魚の棚商店街 

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はりまや橋の西側から、地下広場ギャラリーを見て、はりまや橋の東側に出ました。

ちょうど時間は11時、からくり時計が1時間おきに登場するタイミングでした。

私達の班以外にも、近くの保育園や託児所のこども達が既にお待ちかねでした。

道行く、観光客なども興味を示しながら、写真を撮ったり、しばらく見て・・・通り過ぎていきました。

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高知市HP: からくり時計

はりまや橋の東側にあるからくり時計。1時間おきに,よさこい節のメロディーに合わせて,よさこいの踊り子,高知城,はりまや橋,桂浜が登場します。

「からくり時計」についてはこちら。

はりまや橋の東側設置されています。午前9時から午後9時まで,1時間おきによさこい節の音楽に合わせて,からくり時計の上から高知城,下にはよさこいの踊り子人形,右にはりまや橋,左に桂浜が登場します。夜間にはライトアップも行われています(天候等により中止になることもあります)。

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HN:史跡探訪者

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さる10月23日、北街コミュニティ計画推進市民会議が主催する、「はりまや橋界隈史跡めぐり」が企画されていたので、参加しました。

9時30分、30人を超える参加者が、新堀小学校内の新堀コミュニティホール前に集合しました。

史跡めぐりは10時にスタートして、 ①魚の棚 ②はりまや橋 ③河田小龍生誕地 ④武市半平太道場跡 ⑤岡本寧浦塾跡 ⑥中江兆民誕生地 をゆっくりと巡って、12時少し前に出発地点に帰ってきました。

地元の参加者が、自分が住んでいるところに、こんな史跡があることを知りませんでした・・・と話していました。

また、家族連れで参加された方も多く、中でも新堀小学校の4年生の二人は、歴史に関心が深く、説明をメモを取りながら熱心に聞いていました。

その子達は、すでに相当な知識を持っているのです。"歴女"ならぬ、歴史好きのこども"歴チル"とでも言うような感じで、大変嬉しく思いました。

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その1 新堀コミュニティホール前に集合 

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その2 ①魚の棚

はりまや橋界隈史跡めぐり・・・その3 ②はりまや橋1

はりまや橋公園 地下広場ギャラリー

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はりまや橋公園 地下広場ギャラリーがあることを、実は私は知りませんでした。

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        地下広場にギャラリーが設置された「はりまや橋公園」

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多くも方にお知らせして、ここを活用していただきたいものだと思いました。

P1170588.jpgHN:史跡探訪者

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