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羽迫博己さんの町屋あれこれ~窪川の玄関 志和港 ~

 

 

  

      

   

近代のあけぼの

  ~窪川の玄関 志和港 (大正元年撮影)

 

 久礼坂に郡道が出来るまでは、窪川、幡多

 地域からの物資や、藩政期の土佐の殿様

 に納める年貢米などは、全てこの志和港

 から船便で高知城下に積み出されていた。

 港の近くには米蔵があり、米を中心に、

 志和坂を馬の背に米俵を乗せ運ばれ、

 村は大いに栄えたところであった。

 また帰り便には、高知城下から生活物資を

 積み込んで帰港した。

 仁井田郷の玄関口として繁栄し、多くの

 商家が軒を連ねていた。

 

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羽迫博己さんの町屋あれこれ~四万十町興津の竹生垣集落~

 

 

  

      

  ~四万十町興津の竹生垣集落~

 

   興津は昭和23年まで与津村といい、

 土佐藩領であった。

 今では蓬莱竹(大名竹)の生垣で囲まれた

 農村集落です。

 集落には郷地区と浦地区に分かれており、

 生垣は郷地区にある。

 徐々にブロック塀に代わろうとしているが、

 高知県は伝統的建造物群保存地区に

 この竹生垣を指定・保存しようとしている。

 

 

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羽迫博己さんの町屋あれこれ~四万十町本町の町並み~

 

 

~四万十町本町の町並み~

 

  江戸時代は窪川山内氏が当初古渓山に城を

 構えたが一国一城で取壊されその麓(今の

 新開町辺り)に居を構えその土居を作り居住

 整備をした。場所がら中村街道と窪川宇和島

 街道の分岐点にあたる所から、商業が発達し

 多くの町屋があった。

 産業は農業を中心に中でも仁井田米は

 有名であった。

 町並みを歩くと、本町の造り酒屋辺りに

 点在しているが、

 町並みとしては形成されていない。

 

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羽迫博己さんの町屋あれこれ・・・四万十街道ひなまつり2011(その3)

 

 

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羽迫博己さんの、土佐人の銅像・・・飛翔の像

飛翔の像

文久2年3月、高知城下をあとにした坂本龍馬と沢村惣之丞
   (関雄之助)の脱藩ルートは、梼原の宮野々関から
   九十九曲峠を越え、城川町土居を経て、宇和島・長浜
    方面から、長州へ渡ったとされている。
       ~新しい脱藩ルートの確認~
    宮野々関~韮ヶ峠~野村町~河辺村~五十崎町~
                       大洲~長浜~長州
 平成9年4月、龍馬と惣之丞、道案内をした那須俊平の
    群像建立計画が持ち上がり実現した。
 
     除 幕: 平成10年7月16日
     題 字: 飛翔の像
     規 模: 本体~2,35 ㍍、台座~2,3 ㍍
           総高~4,65 ㍍
     事業費: 1163万円

顕彰碑

新しい時代の予感が28歳の龍馬の心をとらえた。
 脱藩という大罪を犯して、大望のために土佐を捨て、
   河辺村榎ヶ峠に至ったのは、文久2年3月26日。
 近代日本の誕生に命を賭けた龍馬の旅は、
   ここ河辺村から始まった。
 この坂本龍馬脱藩の道は、平成8月11月1日に文化庁
   の「歴史の道百選」に選定された。
 私たち河辺村民は、この道を文化遺産として大切に
   保管することを誓い、ここに龍馬、総之丞、俊平の
     顕彰碑「飛翔の像」を建立する。

 

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